第4話

「……お疲れさまでした。依頼報告、こちらでお預かりしますね」


「ありがとっす! うへぇ〜、今日はさすがにバテた……」


お昼過ぎからバタバタと駆け込んできた冒険者たちの報告処理を、私は手際よく進めていた。


とはいえ、今日の私はもう心ここにあらず。


「バジル香るバジリスクのスタミナ焼き」――この一文が、朝から私の頭を支配してる。


(ああもう、バジルってだけでちょっと洒落てるのに、バジリスクだよ? どう調理するのか見当もつかないけど……絶対おいしいやつ)


頭の中で何度も、文字通り味を想像して反芻してしまう。


でもギルドでよだれを垂らすわけにもいかないから、私、いま全力で平静を装っている。


「……佐倉さーん、ちょっとこの魔鉱石、鑑定お願いできますかー?」


「あっ、はい。すぐ確認しますね」


カウンター内の端末でサクッと鑑定。大した反応はなくて、等級表示はDランク。


「はい、こちらD級魔鉱石でした。報酬は一個につき銀貨二枚ですね」


「おー、ありがとっす! 佐倉さん、いつも助かる〜」


(……うん、それはそれ。ごはんはごはん)


魔鉱石も大事だけど、今夜のごはんの期待値のほうが圧倒的に高い。


そして、定時。


今日も無事、誰も欠けることなく報告が終わった。


「本日もご依頼、お疲れさまでした。お気をつけてお帰りくださいませ」


最後の声をかけて、制服を脱いでロッカーに仕舞う。


スマホを手にして、もう一度さっきの通知を確認。


──『バジル香るバジリスクのスタミナ焼き』本日限定、数量少なめ。


「……よし」


気づけば、足がもう動いていた。


〈モンス飯亭〉のカウンター席。今日は入口側の角席が空いていた。


「あら、いらっしゃい佐倉さん。今日も……?」


「はい。カウンター、いいですか?」


「もちろん。……見てた? 限定メニュー」


「はいっ! あの、まだ残ってますか?」


「ふふ、あるわよ。佐倉さんのぶんは取っておいたから」


「あああ……やったぁ……!」


思わず手のひらを握っちゃった。こういうのって、ほんと、いちばんうれしい。


「それと、今夜はちょっとクセが強いから、バジルで香りを立てたの。食欲増すよ〜」


「もう、説明だけでお腹鳴りそうです……!」


「じゃあ、まずはビールね?」


「はい、お願いします!」


カシュッ。


この音、もう労働の終わりの合図みたいなもの。


「……いただきます。ぷはぁ〜……今日もご褒美だ……」


体の奥まで泡が染みる感じ。


生きてる、って思える瞬間って、たぶんこれ。


そして運ばれてくる、バジリスクのスタミナ焼き。


「うわあ……!」


思わず声が漏れた。


鉄板の上でじゅうじゅう音を立てる肉。肉って言っていいのかはちょっと悩むけど、バジリスクの腿肉を薄めにスライスして、バジルとガーリックで炒めてあるらしい。


その上からとろっとろの温玉が落とされていて、もう香りだけでご飯三杯はいける気がする。


「これは……完全に反則」


思わず箸が伸びる。


一枚取って、温玉にちょんとつけて、口の中へ。


「んっっ……っ!!」


舌の上に乗った瞬間、バジルの爽やかさがぱっと広がって、そのあとに濃厚な旨みが押し寄せてくる。


バジリスクの肉、ちょっと野生味があるかなって思ってたのに、意外なほど柔らかくて、噛むごとに旨みが溢れる。


「これ、ご飯ください……! いやむしろ、鍋ごとほしい……!」


店主が笑いながら、炊きたてのご飯を持ってきてくれる。


「今日は〈青龍米〉。香りが強い肉と相性いいから、試してみて」


「女将さん、ほんとずるいです……最高の組み合わせじゃないですか……」


バジルと肉の香りに、米の甘みが重なると、もう頭の中が「しあわせ」しか言ってない。


「……これ、ほんとにバジリスクなんですか? 想像してたより、ずっとやさしい味……」


「下処理が大変だったのよ。血抜きのとき、うっかり見つめたら石化しかけてね」


「えっ、それ笑い話にしていいやつですか!?」


「まあ大丈夫。うちの常連、ひとりくらい石化しても気づかないような人ばっかりだから」


「それはそれで問題です〜!」


でも笑っちゃう。


この空気、好きだなぁ……。


隣の席には誰もいないけど、料理と会話が、ちゃんと心を満たしてくれる。


「ふふ……明日からまた、がんばれそう」


そうつぶやいたとき、奥から女将さんがふと一言。


「そうそう。佐倉さん、来週末、限定コラボ出す予定なの。常連さん限定でね」


「えっ……コラボ?」


「うん、“伝説級素材”使った料理。味見、お願いしようかなと思って」


「……それ、絶対食べます!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る