第3話
「……ふわぁあ〜……さむっ。えっ、待って、今日気温落ちすぎじゃない?」
カーテンをちょっとだけ開けて、外の空を確認。
もくもく雲の下、街のビル群が青みがかった朝光に染まってる。どうやら魔導気圧が下がってる日らしい。魔法天気予報、ちゃんとチェックしとけばよかったなあ。
(……っていうか、今日はおにぎりがある!)
目がぱちっと覚めた。
冷蔵保存しといた〈黄金米〉のおにぎり。卵巻きで丁寧に包まれてて、形も崩れてない。女将さん、プロの仕事すぎる……。
電子レンジ式温魔石をセットして、包みを丁寧に開く。
「ふふ、いい香り……」
ぴっと鳴って、卵がふわっと膨らんだタイミングで取り出すと、あったかい湯気と一緒に、だしの香りが鼻に届く。
「うん……これは絶対、朝から勝ち確の味……!」
ひと口。
「っ、ん〜っ! たまご、甘すぎないのがまたいい……!」
米の甘みと、卵のやさしい塩気。
しかも中から、ほんのちょっとだけ、昨日の肉のほぐしが顔を出すなんて。
「……女将さん、それ反則……!」
あったかい麦茶を片手に、私はもうしばらく動けなかった。朝ごはんで泣きそうになるって、なんなんだろう。
(……うん。やっぱり、私……戦わなくても、こうして幸せに生きてるな)
その後は手早く身支度を済ませて、ギルドへ出勤。
魔導式スカートの裾をひるがえしながら、通い慣れた路地を抜ける。
ちょっとお腹が重いけど、幸せの重量ってやつだし、問題ない。
「おはようございます、佐倉レナです。本日もよろしくお願いいたします」
カウンターに立ってすぐ、見知った顔が目の前に現れる。
「あっ、佐倉さん!」
昨日の新人さん。……あ、ちょっと前髪のセット変えた?
「おはようございます。……表情、すごくいいですね」
「えへへ……なんだか、ちょっとだけ、自信ついてきたかもです!」
その笑顔を見て、私は小さくうなずいた。
「今日の依頼、何か気になるものありますか?」
「はいっ! あの、掲示板の“スプリガン調査”って、どうなんでしょう……?」
「調査系は安全優先ですが、スプリガンはときどき群れで現れるので、警戒は必要です。……でも、昨日の実績と合わせれば、適正評価はクリアですね」
「わ……よかったぁ。じゃあ、これにしますっ!」
受理書類を受け取ると、彼女はぺこっと頭を下げて、ちょっと背筋を伸ばしてから掲示板へ戻っていった。
(ふふ……なんだか、背が伸びたように見えるな)
冒険者が育っていく姿を見るのは、私のひそかな楽しみのひとつ。
それだけで、少しだけ心が軽くなる。
「佐倉さ〜ん、今日の帳簿、ちょっとだけ先に出しといたんですけど……」
奥から、同僚のナナミちゃんが顔を出す。
ぱっちりした目に、ツインテール。元気でかわいい後輩ちゃん。
「あ、ありがとう。確認しますね」
「わ、さすが佐倉さん、もう読み終わってる……!」
「ちょっとだけ、朝の余裕があったので」
「余裕があるって、すごいなぁ。私なんて、まだ朝の魔導ポットも片づけてないのに〜」
「あ、それならあとで手伝いますよ」
「わー、優しい! ほんと佐倉さんって、もう嫁にしたい受付嬢No.1ですよね!」
「えっ……えええっ?」
「えっ? ちがいます? 男の人、ぜったいそう思ってますって〜。料理できて、仕事できて、でも恋愛苦手で、家に帰ったらぐでーってなってそうなとことか」
「……それ、なんで分かったんですか……?」
「やっぱり〜! わかるんですよ、女の勘ってやつで!」
(……なんか、心をのぞかれた気分……)
慌てて顔を逸らしたけど、ナナミちゃんのニヤニヤが追ってくる。やだ、なんだこの追撃性能。
「じゃあじゃあ、今日のごはんは何にするんですか?」
「あ、それは……モンス飯亭の週替わり、今日のを見てから決めようかなって」
「いいなぁ〜! 私も行ってみようかな。……って、あ、ダメだ。今日、同期と約束してたんだった」
「また今度、一緒に行きましょうか?」
「えっ!? ほんとに!? 佐倉さんとごはんなんて、それだけで胃袋幸せすぎです!」
「ふふ……私は、そんなたいそうな人じゃないですよ?」
「あ〜っ、そこがまた推せる……!」
ナナミちゃんのテンションに押されつつ、私はカウンターの端っこで帳簿にチェックを入れる。
今日も、平和。
だけど……お腹の奥では、もうあの“まかない”への期待がむくむくと膨らんできてる。
(女将さん、今日はどんな料理かな……)
そのとき、ピロン、とスマホが鳴った。
画面を見ると――
『本日限定:新メニュー試作 「バジル香るバジリスクのスタミナ焼き」』
「……バジル香る……バジリスク……?」
想像できるようで、できないこの感じ。
でも確実に、ごはんに合うやつだ。
「これは、行くしかない……!」
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