第6話 出会い

 眩い光に包まれた次の瞬間、俺は知らない大地に立っていた。


 風の匂いが違う。草の香りに混じって、かすかに潮の気配が混ざっている。そして、肌を撫でる空気が妙に重い。ここは……海の近くだろうか。


 ゆっくりと目を開けると、目の前には青く澄んだ空と、どこまでも続く緑の丘陵が広がっていた。穏やかに揺れる草原に陽が差し込み、一見すると平和そのもの――


 だが、空気に交じって鼻をかすめたのは、乾いた血の匂いだった。


 視線を向けると、遠くで何者かが戦っている。剣戟の音と怒声。草を踏みしめる足音が混じる。俺は静かに歩を進めながら考えた。


(願わくば、戦っているのが邪神の眷属と、この世界の勇者であってくれればいいが……)


 この世界でも、邪神の眷属は人知れず災厄を進行させているはずだ。彼らは邪神を降ろすための儀式を進め、世界を終わらせようとしている。

 一方で、“勇者”とはこの世界において高潔な魂を持ち、邪神に抗う者たち。

 俺の役目は、できる限り早く勇者と出会い、眷属を倒す手助けをすることだ。


 もちろん、それが簡単でないのは分かっている。

 勇者を見つけられず、単独で眷属に挑み、返り討ちにあったこともあった。独りよがりな正義感は、世界を救うには足りない。傲慢さは捨てると決めたはずだ。


 思考を巡らせながら戦いの場に近づくと、まず目に入ったのは、地面に転がる小さな緑の死体だった。数体、いや、それ以上。

 戦っていたのは、赤髪の少年と、彼よりも頭一つ小さい、緑色の肌をしたゴブリンたち――立っているのはおそらく五体。


 どちらに加勢すべきか。ゴブリンとはいえ邪神の眷属とは限らないため判断に迷うが、それは一瞬だった。

 赤髪の少年が振るう剣。その刃が淡く輝き、見るからに神の祝福を受けた“聖剣”であることに気づいたからだ。


 聖剣は、勇者――もしくはそれに準じる者しか扱えない。魂の波長を感知し、邪なる者の手には決して馴染まない。

 ならば、少年がこの世界の勇者候補である可能性は高い。見るに魂も美しい。


 このまま戦況を見守っても、彼が勝つだろう。それは分かっていた。だが、今のうちから信頼を得ておくに越したことはない。俺は異空間から鉄の剣を一振り取り出し、背後から一体のゴブリンの首を切り落とした。


 何体殺してきたかも分からないこの手だが、それでも“何かを殺す感触”というのは、決して慣れるものではない。

 まして人型の生物となれば、なおさらだ。


 やがて、赤髪の少年が残るゴブリンたちを倒し終え、こちらへ振り向いた。屈託のない笑顔を浮かべて、元気よく手を挙げる。


「サンキュー!兄さんが助けてくれたおかげで、ゴブリンどもを手早く片付けられたよ!」


 その快活な声に、少し面食らう。元気が良すぎる。だが、敵意は感じない。


「俺の名前はライナ・フレームハート!ライナって呼んでくれよ。兄さんは?」


「ミナトだ」


「ミナトか。いい名前だな!それよりさ、世界を滅ぼそうとしてる魔王を一緒に倒しに行かないか?」


「……魔王?」


 その単語に、自然と眉が動いた。

 魔王――おそらくは、この世界における邪神の眷属の中心的存在だ。


「ああ、そうそう。なんでもそいつ、邪神と繋がってるらしくてさ。世界を破滅させようとしてるらしいんだよね。だから俺、今仲間を探してるんだ!……ま、半年間探して収穫ゼロだけどな!」


 ライナはどこか楽しそうに笑ってみせた。呆れるというより、清々しいほどの前向きさだ。


 世界の危機を前にして、これだけ明るく振る舞える彼の在り方は、俺にはまぶしすぎるほどだった。

 けれど、彼のような存在と行動を共にできるなら、それは願ってもない展開だ。


「……いいよ。仲間になるよ」


「おおっ、マジか!?やったー!初の仲間ゲットだぜ!」


 ライナは子供のようにはしゃぎながら、手を差し出してきた。俺もその手を取り、握手を交わす。


「みんなさ、“今は平和なんだから、余計なことするな”って言って協力してくれなかったんだ。だから、ミナトには期待してるぜ!」


「こちらこそ、よろしくな」


 ――こうして、俺はライナと共に旅をすることになった。


 8個目の世界。

 今度こそ、この手で、救ってみせる。

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