第11話 出かける
夕方の4時。
昨日の昼から何も食べておらず、お腹がへったため、外で何か腹ごしらえでもすることにした。
「私はここでゆっくりしているから、下で何か食べてきていいわよ。お金はリビングにある財布を使って」
というツバキの言葉に従って、ありがたくお金を使わせてもらう。
なんだかヒモみたいになってきたな……。
いやでも、一応家事はしているし。
働いているはずだ。
湯舟を洗っただけだけど。
リビングに行くと、テーブルには財布が置いてある。
財布には詳しくはないが、シンプルな作りながら素材の良さを感じる長財布だった。
財布には詳しくないが、たぶん高いのだろう。
中には一万円札が数枚程度。
それとクレジットカードと銀行のキャッシュカードが1枚ずつあった。
ポイントカードやらなにやらはない。
金持ちにはそんなものは必要ないということだろう。
「これ使っていいんだよね……」
クレジットカードやキャッシュカードは番号がわからないから使えないとして。
一万円札は使ってもいいよね。
使っていいってさっき言っていたし。
「人の一万円って、なんか使うの緊張するな……」
小銭や千円札なら気兼ねなく使っていいって訳じゃないとは思うけどさ。
それでも一万円となると、なんか使いづらい。
寝室に戻り、ツバキに声をかける。
「ツバキ。財布のお金、使うけどいい?」
「いいわよ。好きに使って。カードの暗証番号は――」
「あ、そこまではいいから!」
番号を言おうとするツバキを慌てて止める。
「いいの?」
「うん。別にカード使うような買い物なんてしないし」
カードの番号なんて、普通は家族にも言わないでしょ。
不用心だな。もう。
別に知ったところで悪用するつもりなんてないけどさ。
こういうのは用心する習慣がなくては。
「財布にある現金を使わせてもらうよ」
「わかったわ。いっぱいご飯食べてきて」
「うん。ありがとう!」
そう告げて部屋を出る。
玄関へ行きドアを開けたら、目の前にはエレベーターのドアがあった。
目の前にエレベーターがあるとは便利だな。
タワマンだし、そういうところは気を聞かせているのかもしれない。
エレベーターの下ボタンを押すと、すぐさまドアが開いた。
意外だ。
タワマンのエレベーターって全然来ないと聞いているのに。
時間帯が良かったのだろうか。
まあ、朝と違って夕方なら空いている、のか……?
エレベーターに乗り、1階のボタンを押して下まで行く。
エレベーターのボタンは、開閉と緊急時のボタンの他には1階と50階のボタンしかなかった。
50階というのはツバキの部屋がある最上階だろう。
それと1階しかないなんて……。
これなら1階と最上階しか行き来できないじゃないか。
他の住人はどうしているんだ?
まさか住んでいないのだろうか?
いや仮に住んでいないとしても、今後他の住人が住む可能性があるんだ。
途中の階に止まるようにしておく必要があるだろう。
あ、違う。
このエレベーター自体が、最上階専用のエレベーターなんだ。
最上階に住む人だけが使うから、降りる場所は1階と最上階だけでいい。
つまりこれは、ツバキだけが使用するエレベーターである。
……すごい贅沢だな。
持ち主ともなれば、このくらいの贅沢もできるということか。
1階につき、僕はエレベーターを出て何回か自動ドアを潜り抜ける。
「外出中のところ恐れ入ります。失礼ながら、お客様は夕凪様の関係者でいらっしゃますか?」
共用部へ出ようとしたところ、こちらへ来たスーツの男性に話しかけられた。
「あ、えっと……」
「申し遅れました。当マンションのフロントを担当している真鍋と申します」
「赤羽です」
自己紹介をし、お互いに頭を下げる。
「赤羽様でございましたか。お話は夕凪様より伺っております」
「話って……?」
「本日より夕凪様のお部屋にご滞在と伺っております。赤羽様のご要望には、何なりとお応えできますよう、誠心誠意努めさせていただきます」
そう言い、真鍋さんは深く頭を下げる。
「あ、頭を上げてください!」
なんだか悪いと思った僕は、慌てて真鍋さんにそう告げた。
「かしこまりました」
真鍋さんは頭を上げて姿勢よくする。
「お出かけを邪魔して申し訳ございません。私は下がりますが、ご要望の際はなんなりとお申し付けください」
「は、はい。ありがとうございます」
「いってらっしゃいませ」
そう言って、再び深くお辞儀をしてビシッと停止する。
「い、いってきます……」
いつまでもここにいる方が迷惑だと思うので、足早にその場を立ち去った。
共用部を通り抜けて、マンションの外に出る。
先ほどまでいたタワマンをしたから見上げる。
「でっかいなぁ……」
何メートルあるのだろう?
エレベーターのボタンには50階と書いてあった。
とすると、少なくとも100メートル以上はある。
「本当に、大きいマンションだな」
こんなに大きいマンションをツバキは所有している。
いったい彼女は何者なんだろうか。
何者、といえば吸血鬼なんだろうけど。そういうことではない。
たたの吸血鬼が、そんなに金持ちなことなんてあるか?
誰も彼もがそんなに金持ちというわけじゃないと思う。
違うよね?
日本の金持ちが軒並み吸血鬼なんてことはない、はずだ……。
だから彼女か、放浪しているという彼女の家族が特別なんだろう。
まあ、それはそれとして。
「何をたべようかな」
お金はたくさんある。
彼女の財布の中には数万円入っている。
こんなにたくさんのお金を自由に使えるなんて初めてだ。
胸の中に高揚感が湧き始める。
何を食べようかな。
いまなら食べてみたかったものを食べることができるだろう。
例えばファミレスのハンバーグとかピザとか。
寿司とか焼肉なんかも食べられるかもしれない。
食べられるかも……。
一人で?
そう自覚した時、胸に沸き上がり始めていた興奮が一気に萎れるのを感じた。
「…………」
まあ、コンビニでいいか。
何か買って、ツバキの部屋で食べよう。
一人でご飯を食べても味気ないし。
それに一人で知らない店に入るのも緊張する。
こういう時は、入り慣れたところで買うのが一番いい。
僕は近くのコンビニに行ってお弁当とお茶を買うことにした。
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