第7話 風呂③
「じゃあシキ、次は体も洗ってくれないかしら?」
「さすがに断るよ」
「せっかく一緒に入っているのだから、こういうときには背中を流すものでしょう? シキは私が背中を洗えなくてもいいの?」
「タオルを使えばいくらでも洗えるじゃないか」
「それはそうだけど、私は誰かにしてほしいの」
「自分で出来るんだから自分でやってくれ」
「むう。冷たい」
僕の言葉が不服なのか、ツバキは不満げに頬を膨らませている。
そんな不満をあらわにさせられても。
だってしょうがないじゃないか。
背中を洗うということは、当たり前だが今付けているタオルを外すということだ。
タオル越しの背中姿だけでもそそられるというのに、素肌の背中を見せられたら僕は耐えられる気がしない。
「自分のことは自分でやるように」
とはいえこの言葉も、彼女の髪を洗った後に言ってもあまり説得力はないかもしれない。
「あ、待って。じゃあ私の体はちゃんと自分で洗うから、シキの髪を洗わせてくれない?」
「僕の髪を?」
「ええ。あ、シャンプーとかリンスは私のものだけど、いいかしら?」
「まあ、そういうのに特にこだわりはないからいいけど」
「そう? なら決まりね。私が髪を洗ってあげます」
ツバキは立ち上がり、僕の後ろにやってくる。
そして僕の髪を洗い始めた。
ツバキの髪を洗う手触りは僕のぎこちないものとは異なり慣れたものだ。
人に髪を洗ってもらったのは初めてだが、それでも彼女は上手だとわかる。
彼女の手はけっこう気持ちいい。
人に髪を洗ってもらうのは、良い感触だ。
ツバキが人に髪を洗ってもらいたいと思う気持ちも少しはわかる。
「すごく上手いね」
「そうでしょうそうでしょう。前にいた使用人の髪をよく洗っていたからね」
「……洗っていたのか」
「うん」
「…………」
ツバキの言葉を聞いて、少し気になったことがある。
いやほんとにちょっと疑問がわいた程度で、別に他意とかないんだけど。
「質問なんだけど」
「なになに?」
「その、前の使用人さんって…………男性?」
「いえ。女の人だけど」
ツバキはごく自然な様子でそう返した。
「当り前じゃない。私も女の子よ? 男の人を簡単に家にあげたり、お風呂に一緒にはいるわけないじゃない。あ、シキは別よ? なんていったって眷属なんだからね」
あー。
女の人か。
そっかーそうなんだ。
よかった。
「そうなんだ。まあ、それはそうだよね。変なことを聞いてゴメン」
ホッと安心しながらも、その気持ちを隠して何でもないかのようにツバキに返答した。
大丈夫大丈夫。
落ち着け。
僕は何も不安になっていなかったし、今だって別に安心しているわけじゃない。
そういう面持ちを崩さないで、あくまで平静に。
何でもないことのように。
「別にいいけど。でもどうしてそんなことを?」
「え。いや、別に。ただ一瞬、気になっただけだよ。少しだけ気になって程度。うん。ほんとにそれだけだから気にしなくていい」
上手い言い訳も思いつかないので、とにかく誤魔化そうと口を動かす。
しかしそんな僕の浅はかな魂胆が、この少女に通用するはずもなく。
「ふ~~~~~~ん」
髪を洗いながら、ツバキの声が嬉しそうに1トーン上がる。
「もしかして、嫉妬しちゃった?」
ドキリとして体を震わせてしまう。
図星だった。
「ねえ、嫉妬したの? 私が他の男と一緒にお風呂に入っていたかもしれないって思って」
「そ、そんなことは。別に嫉妬なんてそんな。子供じゃあるまいし」
「子供じゃなくても嫉妬はするものでしょう? いえむしろ大人の方が嫉妬するわ。ことは男女の問題なんだから」
「べつに、そんな……」
嫉妬なんて。
していたさ。
大いに嫉妬したさ。
当たり前だろ。
この短い時間の中で、僕だってツバキにかなり惹かれているんだ。
昔に男性とどういう関係にあったのか、気にならない方がおかしいだろ。
過去の男のことなんて気にしない、なんてことを言えればかっこよかったかもしれないけど、僕はそんなにできた男じゃない。
ツバキの昔の男性について、気になってしまうし嫉妬してしまう。
そういう感情が溢れてきてしまうんだから、これはもうどうしようもない。
とはいえ、それを彼女に言いたくはなかった。
嫉妬しているなんてみっともないことを、彼女に悟られたくなかったのだ。
それなのに、どうしても気になってツバキに尋ねてしまった。
クソ。僕は馬鹿なのか。
「ふふふ。そう、嫉妬しちゃったんだ。安心して。私は恋人はこれまで作ったことないし、眷属もあなたが初めてよ。一緒にお風呂に入った男の人は貴方が初めて。家にあげたのだってあなただけ」
「そう、なんだ……」
ぶっきらぼうにそう返答する。
がしかし、心の内では羞恥の嵐が吹きすさんでいた。
うおおおおおお!
なんで僕はあんなことを尋ねてしまったんだああああ!
言わなきゃよかったあああああ!
「安心した?」
ツバキは嬉しそうに、ニコニコと笑いながら僕にそう尋ねる。
「別に安心なんてしてないから」
「あら、隠すのね。もう……」
ツバキは言いながらシャワーをかけて、僕の髪のシャンプーを洗い流す。
「かわいい」
シャワー中、ツバキは僕にギュッと抱き着く。
「!?」
先ほどの比ではなくらい、ビクリと体を震わせた。
タオル越しの柔らかい感触が、僕の背中にピトリとくっついてくる。
いやこれもう、やばい……。
「ねえ、シキ。あなたすごくかわいい。好き」
「ツバキさん……?」
後ろから顔を近づけて、僕の耳元で囁く。
「ねえシキ。嫉妬したなら嫉妬したってちゃんと言って。怒らないから。むしろ嬉しいのよ? 嫉妬してくれるくらい私のこと好きになってくれたんだってわかるから」
「あの、ちょっと、離れ」
「ダメ。離れない。どうしてだと思う? シキがとっても可愛いから。好きだから。そんなかわいいことを言って、私を誘惑してくるから。かわいい。かわいい。かわいい。かわいい。好き好き好き好き。はー。もう無理。かわいすぎる。私を誘惑してどうしたいの? 好き。おかしくなるくらい好き」
「ツ、ツバキさん!?」
言動がすごく乱れているんだけど!?
色々どうしちゃったの!?
「これも全部シキのせいなの。だからこうして私に抱きしめられていなさい」
「それはいつまで……?」
「私が満足するまで」
「だよね」
その後、僕がツバキにお風呂場で抱きしめられたり頬ずりされたりと、とにかく好き放題されたことは言うまでもない。
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