第17話:不本意な予定

兄が小学校に入った春、家の中の空気が少しだけ変わった。


ランドセルを背負った兄は、よくわからないルールの中で、毎朝同じ時間に起き、毎日同じ時間に出かけていった。


夕方に帰ってくると、ランドセルを放り投げて、親に「宿題やったの?」と聞かれていた。


その様子を見ていた自分は、特に何を言われるわけでもないのに、なんだかうんざりしていた。


そのうち、親がこう言った。


「あんたもあと何年かしたら小学生なんだからね。お兄ちゃんみたいにやるんだよ」


それが脅し文句にも、判決のようにも聞こえた。


ああ、あそこに行くのか。

毎日、同じ時間に、同じ道を歩いて、同じように座って、なんか言われて、怒られて。


何も始まっていないのに、もう面倒くさいという気持ちだけが先に来た。


その瞬間から、学校という場所がになった。

楽しいとか、新しいとかじゃなくて、「義務」だ。


兄が九九を教えられ、覚えられずに間違えるたびに怒られていた。


それを見て「あれを、俺も覚えさせられるのか」と思った。


思った瞬間から、九九という謎の呪文が嫌いになった。

まだ習ってもないのに。


中学、高校、受験、就職。

親や親戚が話すたびに、予定表みたいに人生のマス目が並んでいく。


「そのうち君も」

「もうすぐ君も」

「次は君の番だね」


みんな笑いながら言うけど、こちらとしてはぜんぜん笑えない。


兄が声変わりしてニキビに悩んでいた頃、母が言った。


「あんたもそのうちそうなるよ。覚悟しときな」


覚悟ってなんだよ。

なぜ、ただ生きてるだけで、そんなにも覚悟が必要なんだ。


なぜ、兄が経験した「面倒」が、いずれ自分のものになることが、当たり前のように前提とされてるんだ。


思えば、昔からだった。


新しいことを楽しみにするより先に、「その後に起きる面倒」に気が向くようになっていた。


駆けっこを楽しむより、息が切れ疲れる未来を想像していた。

欲しかった誕生日プレゼントも、それが壊れる未来を思ってしまう。


誰かが楽しいって言ってることも、自分にはなんとなく予定調和に見えてしまって、少し引いて見ている自分がいた。


ある日、風呂場で泡を立てていた時、ふと、泡がパチッと消えていくのを見て思った。


ああ、これかもしれない。


自分の中にあった無邪気なもの。

持っていたはずの、よくわからないけどわくわくしてたあの気持ち。


それはきっと、兄の背中と一緒に、先に進んで消えてしまったのかもしれない。

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