第9話:アピール
「いいか、お前ら」
いつもの朝礼。上司の声がフロア全体に響き渡る。
「成果はアピールしなきゃダメなんだよ。お前らが黙ってちゃ、誰も気づかねぇんだよ!」
誰も目を合わせない。空気が凍る。
「俺がいちいち全部見てると思うなよ? 神様じゃないんだからな? アピールしろ! 堂々と、自分はやってるって言え! 言わなきゃ、評価されない! それはお前らの責任だ!」
腕を組んで見下ろすように社員たちを見る。
満足げな顔で自分で自分の言葉に酔っている。
誰かが言い返すことなど想像もしていない。
そのとき、ひとりがぽつりと呟いた。
「アピールしないと評価できないって、つまり・・・自分では見つけられないってことですよね?」
上司の顔がぴくりと動く。
声の主は、いつも静かな若手社員だった。
「部下の成果も、良さも、日々の働きも、アピールされないと何も気づけないって。・・・それって、評価する側が無能ってことじゃないですか?」
会議室の空気が変わった。沈黙が、ざらざらと漂う。
「アピールを鵜吞みにするだけだったり、アピールしないとダメって言ってる時点で、見る目がないって、自分で言ってるようなもんですよ。でも、自分で気づかずに俺は無能だって言えちゃうのは、ある意味すごいです」
ざわつく空気。
上司が何か言おうと口を開きかけたが、言葉にならない。
「結局、自分は無能だと自信満々に言うような上司には、こっちがアピールしようがしまいが、関係ないんですよ」
若手社員は資料を机に置き、席を立つ。
無言のまま出口へ歩き出す。
そして、ドアの前で振り返った。
「では、私はこれで失礼します」
静かに、ドアが閉まる。
上司は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
自分が無能だと、アピールされてようやく気づいたのかもしれない。
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