第10話:無根拠な答え
夜の街。
飲み屋のネオンと車のライトが交錯する通りの一角。
そこだけ異様に静かで、不思議と人が集まっている通りがある。
折りたたみの机と椅子がずらりと並び、どの机にも誰かしらが座っている。
タロットカードを広げる者、水晶を撫でる者、ただ手相をじっと見る者。
前に座る人々は深刻な表情を浮かべていたり、どこか期待に満ちていたり、さまざまだ。
まるで未来という見えない何かを、手探りで触れようとしているようだった。
そんな様子を、男は横目で見ながら通りを歩いていた。
「よくやるなあ」と小さく笑った。
占いなんて信じちゃいない。だけど、妙に面白そうではある。
ふと、男は思った。
「俺もやってみるか」
もちろん占いの知識なんてひとつもない。
手相も読めないし、星の動きもわからない。
けれど、あの椅子に座って、なにかそれっぽく話せば・・・
案外どうにかなるんじゃないか?
翌週の金曜、男は小さな机と椅子を持って夜の通りに現れた。
空いている場所に腰を下ろし、ただ黙って座っていた。
しばらくして、ひとりの女性が恐る恐る声をかけてきた。
「・・・占い、してもらえますか?」
「ええ、どうぞ」
男は、心の中で笑っていた。
適当に話を聞いて、適当なことを言えばいい。
女は、仕事のことで悩んでいた。
同僚との関係がギクシャクしていて、転職しようか迷っているという。
男は、ふむふむと頷きながら、心の中では特に何も考えていなかった。
でも、少しだけ自分の経験に照らし合わせて感じたことを言ってみた。
女はしばらく黙っていたが、ぽつりと「そうなんですね」と言って、3000円を置いて帰っていった。
まさかお金になるとは思わなかった。
その後もぽつぽつと人が訪れた。
男はそのたび、話を聞き、ただそのとき本当に思ったことを口にした。
占いでもなんでもない。
ただの無根拠な答えだった。
それでも、予想外の金になった。
「思ったことを言うだけでこれか。気が向いたらまたやるか」
男はその日、上機嫌で帰った。
それからしばらく経ったある日。
久しぶりに夜の通りに机を出した。
すると、以前よりもずっと多くの人が、男の前に列をなしていった。
「この前のアドバイス、本当に当たってました!」
「言われたとおりにしたら、うまくいったんです」
「最近いなかったですよね?また見てもらいたくて・・・!」
口々にそう言いながら、彼らは笑っていた。喜んでいた。
男は内心、驚きつつも、どこか冷めた目でそれを見ていた。
へえ・・・ほんとに、あれでいいんだ。
列の最後尾を見ながら、ふと思う。
「・・・他の占い師も、本当は俺みたいなもんなんじゃないのか?」
その顔に浮かぶのは、苦笑とも、満足ともつかない不思議な表情だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます