第5話:釣果
男は湖のほとりに腰を下ろし、竿を垂らしていた。
「クソが・・・あいつが裏切らなけりゃ、今頃こんなとこで・・・」
逃亡とまではいかないが、明らかに身を隠している様子だ。
イラついた様子で、タバコを吸いながら釣りを続ける。
「全部、あいつのせいだ・・・」
そう言いかけた時、竿の先に反応が出た。
男は無言でリールを巻く。上がってきたのは・・・高級腕時計。
「・・・は? これ・・・俺の・・・?」
以前無くした、自分のものとそっくりな時計。
まさかなと思いながらも金になると考え、ポケットに突っ込む。
男はにやりと笑い、また竿を垂らした。
次に釣れたのは、ボロボロの財布。
高校の頃に落としたやつだ。写真が入っている。
その次は、昔履いていたスニーカー。
捨てた記憶がある。
壊れたスマホ、折れた野球のバット、かつて愛用していた万年筆・・・
「これって、もしかして」
男は水面を見つめながら、ぽつりと呟く。
「俺が失くしたものが釣れてるのか・・・?」
男は無意識に笑い始める。
「・・・ってことは、今度は・・・あいつだ」
あの裏切った男の顔を思い浮かべながら、竿を垂らす。
ヒットする。
釣れたのは、かつての仲間で裏切り者の水に濡れたあいつ。
目を見開き、咳き込みながら地面に倒れるそいつを、男は無言で殴りつける。
怒りも、恨みも、全部そこに叩きつける。
男は最後にそいつの財布を奪い、息を整える。
沈黙のあと、もう一度竿を垂らす。
男の顔は少しだけ晴れやかになっていた。
男は座ったまま、目を閉じた。
思えばこれまで、何も見ずに走ってきた気がする。
目の前の金、力、チャンス。
裏切られることもあったが、裏切ったこともある。
奪われたものを数えながらも、奪ったことは忘れた。
その度に、何かを失っていたんだろう。
今度は何が釣れる? 金か、過去か、それとも。
水面に、風が走った。
男は目を開け、もう一度、竿を持つ。
釣り上げたそれは、白く光る小さなかたまり。
形も重さもない。ただ、懐かしい。
見ているだけで、胸がきしむ。
巻き上げて手にすると、それは白く、透明で、形も匂いもない。
水の中から上がってきたのに、濡れてすらいなかった。
それが何かはわからない。
金にもならないし、価値もない。
だけど、指先が熱い。
男はじっと見つめる。
そして、ぽつりと小さく笑った。
「・・・もういいか、行こう」
しばらくそれを眺めたあと、男はそっと胸に抱えるようにして立ち上がる。
振り返らずに、湖をあとにする。
遠くの街へ向かって、ゆっくりとした歩幅で確かに進んでいった。
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