第31話
「……あー背中いてェ」
結局ルーガヤでの給油は諦めざるを得なかった。そりゃそうである。
あれだけ市街地で大騒ぎとご迷惑をおかけしたため、一刻も早くルーガヤから離脱しなければならなかった。
車内は静かだった。通信も、アラートもない。あるのはディーゼルの低い振動音だけ。
助手席のルリエンナが突然尋ねてきた。
"...Yamanaga?"
[……山永?]
前を見たまま。声は低く、落ち着いている。
“Could you explain what you did back there?”
[さっきの行動、説明してもらえますか]
「ん?」
山永は軽く首を回す。
"What do you mean?"
[何を?]
“You know exactly what I mean.”
[分かってるはずです]
即答。逃がさんとするオーラが出ている。
“Your decision to move to the rear and go out alone as a decoy.”
[後部に移動して、 単独で囮に出た判断です]
少しだけ間が空く。うーんと唸って山永は前を見たまま、ハンドルを握り直した。
"There's no choice.
If we let it went, we would damage the town more."
[選択肢なかったろ。
あのまま市街走ってたら、もっと被害出てた]
“I understand that.”
[それは分かっています]
ルリが被せる。語気が強いわけではない。
“Tactically, it was a rational choice.”
[戦術的には、合理的です]
一拍。
“That’s why I’m asking.”
[だから聞いています]
「……?」
“Why did you go?”
[なぜ、あなたが行ったんですか]
山永が一瞬だけ、視線をルリに向ける。
"I was the only one."
[あの時は俺しかないだろ]
軽い。
いつもの調子。
"That time, I was the only one that could operate the AMI.
To buy time, It was best that I did it."
[あの時AMI動かせるのは俺だけだったし、
時間稼ぐなら俺が一番手っ取り早かったし。]
“…Is that all?”
[……それだけですか?]
"You need more reasons?"
[他に理由要る?]
ルリは、そこで初めて前から視線を外し、一度だけ、目を伏せた。
そして、
ゆっくりと顔を上げる。
“…Was I not enough?”
[……私では、駄目でしたか]
その一言で、車内の空気が変わった。
「え?」
“As the decoy.”
[囮役です]
淡々と、
でも逃げ道を塞ぐように。
“Was it never an option for me to go out?”
[私が外に出るという選択肢は、
最初からありませんでしたか]
「いや、It is,――」
山永は言いかけて、止まる。
"...dangerous."
[……危険だろ]
“It’s the same.”
[同じです]
即答。
“So was you going out.”
[あなたが出るのも]
少しだけ、
声が低くなる。
“…And.”
[……それに]
間。
“I engaged. And I delivered results.”
[私、射撃はしました。
結果も出しました]
"Yes. It was..."
[おう、あれは――]
“But the decision to move forward
was yours from the start.”
[でも、
“前に出る”判断は最初から、
あなたのものでした]
ハンドルを握る山永の指がわずかに強くなる。
"...I didn't intend to save you..."
[……守るつもりでやったわけじゃ――]
“Then what was it?”
[なら、何ですか]
視線が真っ直ぐ刺さる。
“Why did you think it had to be you?”
[“自分が行くしかない”と思った理由は]
山永が黙り込む。エンジン音だけが響いている。
"...It's my, ...a habit."
[……癖、かな]
山永はようやくそう言った。
"To be front."
[前に出るのが]
“You risk your life out of habit?”
[癖で、命を賭けるんですか]
彼女は責めているようで責めていない。
だから余計に重い感じる質問。
「……」
“Because of that ‘habit’ of yours…”
[私は、その“癖”のせいで]
彼女は何か、言葉を探しているようだった。
“…I spent a few seconds,
thinking I’d lost sight of you.”
[……あなたが見えなくなる数秒を、
過ごしました]
そこで声がほんの少しだけ、揺れた。
“Do you know,
how long those seconds felt?”
「それが、
どれくらい長かったか、分かりますか?」
山永は、何も言わない。
“...No.”
[……いいえ]
ルリは小さく首を振る。
“You don’t need to understand.
I don’t intend to explain it.”
[分からなくていいです。
説明するつもりもありません]
彼女が一呼吸。
“Just—if you do the same thing again,"
[ただ、次も同じことをするなら]
少しだけ、彼女の声が強くなる。
"don’t leave me out of the decision.”
[私を、判断の外に置かないでください]
山永はゆっくりと息を吐いた。
"...I'm so, sorry."
[……悪かった]
言い訳はしなかった。
"Next time,
I will talk with you."
「次は、ちゃんと言う」
ルリエンナはそれ以上、何も言わなかった。
ハーケイは一定速で走り続けている。
海辺から離れ、内陸へ進むルートに変わった。ルーガヤの給油を諦めたため、次の経由地はガーボ・ダダーという街に変更することになっている。燃料的には軽く余裕があるかないかくらいだ。
山永がぽつりと言った。
"...When my education training,"
[……陸教ん時にな]
前を見たまま、独り言のように山永が呟く。
"My instructor said that,"
[区隊付の教官がいてな」
ルリエンナは何も言わず聞いている。
"The Sergeant doesn't stand on people, the Sergeant stands in front of them."
[『人の上に立つのは陸曹じゃない、人の前に立つのが陸曹だ』って言われた」
ルリは、少しだけ視線を動かす。
"...And?"
[……それで?]
"...And, that's all."
[それで、って言われてもな]
小さく苦笑する山永。
"If I don't stand in front of them, they can move out at ease, can't they?"
[前に立ってないと後ろの奴らは安心して前に出れんだろ?]
“…So that’s why you went.”
[……だから、
あなたが行った]
"Yes."
[おう]
即答。
彼に迷いはなかった。
"Whichever followers or companions if I have, I would stand in front of them."
[部下でも同行者でも、
誰かがいるなら前に立つわ]
ルリは、そこで一度息を吸った。
“…That does,”
[……それは]
言葉を選ぶ。
“…explain why you’re someone who stands on the side of protecting.”
[あなたが、
“守る側”である理由にはなります]
山永は神妙になり、何も言わない。
"But...,"
[でも……]
彼女ははっきりと続ける。
“...it does not justify putting me on the side that doesn’t get to decide.”
「……それは私を“判断できない側”に置く理由にはなりません」
山永は何も言えなかった。
“I am not your subordinate.”
「私は、あなたの部下ではありません」
静かだが、一切曖昧ではない。山永は明確に彼女の意志を感じていた。
“I understand that standing in front is a sergeant’s role.”
[前に立つのが軍曹の役目というのは理解しました。]
「……」
“But,
when you apply that unilaterally
to someone who’s running alongside you—”
「でも、
一緒に走っている相手にまで、それを一方的に適用されると]
視線を前に戻しながら、
“…to be honest, it puts me in a difficult position.”
「……正直、困ります」
山永はしばらく黙っていた。
やがて、深く息を吐く。
"I'm sorry."
[……すまん]
“I’m not asking for an apology.”
[謝罪は求めていません。]
即答するルリ。
“I’m asking for understanding.”
[理解してほしいだけです]
"...Yes."
“Next time, say something before you decide.”
[次から、
判断する前に一言、ください]
"...understood. I promise you."
[……分かった。約束する。]
山永は即答した。
それ以上、
言葉はいらなかった。
ハーケイは、
二人を乗せたまま、
静かに先へ進んでいった。
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