第29話
ルーガヤへ向かう海沿いの道。ルリエンナは時折ルートチェックのためかタブレットを確認しているが、昨日ほど仕事をしている感じではなかった。一方で、昨日よりどこか彼女はよそよそしい。山永も運転席に座っているものの、完全にオートクルーズのため、暇である。
「ふあぁ……」
思わず露骨な欠伸をかました山永。ちらっとルリエンナは彼を見ると、
"Sergeant Yamanaga, maintain your focus, please.
Fatigue is understandable, but inattentiveness is not acceptable right now."
[山永3曹、集中を維持してください。疲労は分かりますが、注意散漫は許されません。]
"...Yeah."
[……あい]
そうは言われたものの、気合だけで退屈は殺せない。世間話でもするかと思った。彼女が集中力を維持せよと言ったので付き合わせよう。
"You're from Norway?"
[ノルウェー出身なん?]
"…Why bring that up all of a sudden?"
[……急にどうしたんですか?]
"Just curious."
[単なる興味]
"…I see.
Yes, Norway. The northern region."
[……そうですか。
ええ、ノルウェーです。北部の方です。]
フロントガラスの先の、海沿いの道を眺めながらルリエンナは答える。
"…And you?
Where are you from, Sergeant?"
[……では、あなたは?
どちらのご出身なんですか、軍曹。]
「……あー、South west of Japan. Maybe you don't know, Nagasaki.」
[日本の南西。たぶん知らんと思うけど、長崎]
"…I’ve heard the name,
but I wouldn’t say I know the place well.
What kind of region is it?"
[……名前は聞いたことがありますが、詳しくは。
どういう地域なんですか?]
「んー、City of a harbor. Seafood are good. And also Chinese dishes.」
[港の町だな。海鮮が旨い。あと中華料理も]
"…A harbor city.
I’ve visited harbor town a few, but not the kind you’re describing, I think."
[……港町、ですか。
何度か行ったことはありますが、あなたの言うような所ではなかったと思います]
チラリと左に見える海を眺めるルリエンナ。
「んー、Exactly, I think it's a mess city. I lived far away from center of the city, though.」
[実際、ごちゃごちゃした町だと思うな。まあ市内から離れたとこに住んでたが]
"…Lived?
So now where do you live?"
[……住んでた、ですか。
今はどこに?]
"Camp.Omura. Apart from my family."
[大村駐屯地。家族と離れてな。]
"I see.
...And your family?"
[そうですか。
……ご家族は?]
"Parents, one brother. And you?"
[両親と弟が一人。そっちは?]
"…I have no parents anymore.
4 half brothers."
[……親はいません。
異母兄が四人です。]
「んっ、...so I'm sorry.」
"Nothing."
[いえ。]
流石の山永もウッとなった。しかし疑問が生まれる。
"...If offend you, I'm sorry. But I heard your family is rich. It's not correct?"
[もし気分を害したら謝る。でも俺はあんたの家が金持ちだって聞いた。違うのか?]
"…The information is not incorrect.
But it has no relevance to my current life.
And I would prefer not to discuss it."
[……事実として誤りではありません。
ですが、それは今の私とは関係のないことです。
この話題は、できれば触れたくありません。]
俯いてそっぽを向く。ひどく声色が暗い。山永はこれは悪い事をしたと思った。
"Sorry. Really, I'm so sorry."
[すまん。ほんとに、すまん。]
"…You don't need to apologize.
I just… don’t handle that topic well."
[……謝る必要はありません。
ただ、その話題が……私は少し苦手なだけです。]
車内に暗い空気が流れる。やってしまったなと、心底山永は思った。
ガタガタと砂利道を走るハーケイの車内。もうすぐ給油地点のルーガヤに着くかというところでヒマリがいきなり話しかけてきた。
『ねぇ宗清』
さっきの気まずい雰囲気もあり神妙な山永。
「なんした?」
『なんか暗い。
もっと楽しい雰囲気だして!』
「なんやいきなり」
『だって、昨日はあんなにルリエンナさんとイチャイチャしてたのにめっちゃ変な雰囲気にして!』
「は?なんが、どういう意味や?」
ヒマリはため息すら可愛く吐く。
『露骨に“落としに行ってる”でしょ、ルリさんのこと』
「ぶっ」
思い切り咳き込む。
横でルリエンナが一瞬こちらを見るが、なんとか気づかれないよう誤魔化す。
「……お前なんば急に言い出しよる?」
やや小声で山永。
『あのねー宗清。
あんた昨日からの言動ぜ〜んぶ、“狙ってる男の動き”なんだけど?』
「狙う?どこが?」
『普通の男はね、
無理して頑張ってる女の子をご飯で仕事から引き離したりしないの。
見知らぬ男女なのに休ませるために正論で論破したりしないの。
女性隊員のトイレ問題を理詰めで突破しないの。
恥は指摘しないの。
毛布は“寒いから使え”なんて言わないの。
助手席に座った女の子に“後ろ行け”なんて優しく言わないの。
そして夜中にさりげなく見守らないの。』
「いや、やけん、あいはルリエンナがちゃん寝るか確認が必要で——」
『あ〜はいはい。
“必要だった”、ね。
あんた毎回それ言うけど、
昨日のルリエンナさんの耳真っ赤だったよ?
私カメラで全部見てるから。』
「……おま、監視すんなって……」
『してないよ。
出てるの。
ダダ漏れなの。
“落ちかけの女の子の反応”が。』
「……」
ヒマリは声をひそめず、むしろ楽しそうに畳みかける。
『で、宗清。
あんた、
——落とす気あんの?
ないの?
どっち?』
完全に核心を刺された。
「……は?」
『だ〜か〜ら〜、
落とすの?
落とさないの?』
山永は小声で返す。
「おま……落とすもなんも、まともに話して二日目やぞ?流石に……まぁ、真面目でいい子ちゃ思うが……」
『え、じゃあ嫌いなの?』
「そげなことは言っとらん!」
またルリエンナがちらりとこちらを見る。
『じゃあ好きじゃん』
「……」
こいつ、なんかさらに感情表現と理詰めをパワーアップさせやがってと歯噛みする山永。とはいえ正直なところ、ルリエンナのことはたしかに好印象ではある。
「……まぁ、好きかもしれんな」
『でしょうね!!!!!』
爆発した。
ルリエンナがまたちらり。
ヒマリは構わず続ける。
『だってさ宗清、
あんた昨日の夜“毛布使え”って言った時の声、
——完全に好きな子に向ける声だったよ?』
「いやあいは単に身体冷やさせんためだけやろ!!ふつーやしふつー!」
『ルリさん、耳赤くしてたもん。
あれはもうアウト。
落ちてる。
ほっといても落ちる。
ていうか今も落ち続けてる。』
「やめんかバカタレ!!」
ヒマリは決めに来る。
『あんたさ。
“自覚してないフリした恋愛強者”って一番タチ悪いんだよ?
早く腹括れ、宗清。
あんた、もう告白する気あるんでしょ?』
山永はしばらく黙考し、ぽつり。
「……まぁ、ことの全部片付いたらな」
『ほらぁぁぁぁ出たぁぁぁッ!!!
確信犯!!!!!!』
車内にヒマリの甲高い声が響いた。
"Is something wrong?"
[どうかしたんですか?]
さすがに騒ぎすぎ、こちらを向きルリエンナが尋ねてくる。
"Nothing."
山永は死んだ魚の目で前方だけを見た。
ハーケイがゆっくり走っている。
助手席のルリエンナはさっきのヒマリと山永の妙に盛り上がった会話が気になって仕方ない。
(……なにを……話してたの?
なんで二人とも、あんなに騒いで……)
気になる。
気になって仕方がない。
でも、山永本人には絶対に聞けない。
だから——
"最悪の選択肢"に手を伸ばす。
“…Verity?”
[……ヴェリティ?]
タブが即応答。
"Yes, ma'am.
How can I assist you?"
[はい、ルリエンナ。ご用件をどうぞ。]
少しだけ、声を潜める。
“…Earlier.
Sergeant Yamanaga and his AIOS were talking.
Please translate… all of it.”
[……さっき。
山永3曹と彼のAIOSが話してたでしょ。
内容を……全部、翻訳して]
"Milady, that is…
Very well. As you command."
[お嬢様、それは……
いえ、仰せのとおりに。]
この時ルリエンナは気づくべきだった。ヴェリティがこのように話しかける場合は個人的な事情が絡む時だからだ。
(……あ、やっぱりダメな気が……
聞くべきじゃ……)
けれど止める間もなく、ヴェリティが淡々と再生を始める。
『ねぇ宗清。露骨に落としに行ってるでしょ。』
「………………」
ルリエンナが助手席で固まる。ご丁寧に声質がそっくりだ。
まばたきが止まる。
『昨日からの言動ぜ〜んぶ、狙ってる男の動きなんだけど?』
『……お前なんば急に言い出しよる?』
肩がピクリと跳ねる。
『普通の男はね、無理して頑張ってる女の子をご飯で仕事から引き離したりしないの。』
『女性隊員のトイレ問題を理詰めで突破しないの。』
『毛布は寒いから使えなんて言わないの。』
『助手席に座った女の子に後ろ行けなんて優しく言わないの。』
息が、息が苦しい。
(……これ……本当に言ってたの……?
全部……私のこと……?)
『で、宗清。
あんた、
——落とす気あんの?
ないの?
どっち?』
ドクン。
心臓が跳ね上がる。
『おま……落とすもなんも、まともに話して二日目やぞ?流石に……まぁ、真面目でいい子ちゃ思うが……』
『え、じゃあ嫌いなの?』
「そげなことは言っとらん!」
呼吸を忘れる。
息ができない。
『……あんた、もう告白する気あるんでしょ?』
聞きたい。でも、聞きたくない。
『……まぁ、ことの全部片付いたらな』
“…Stop.
Stop.
STOP.”
[……止めて。
やめて。
ストップ。]
"Playback paused."
[再生を一時停止しました]
ルリは両手で顔を覆う。
耳まで真っ赤。
肩が小刻みに震えている。
(ムリ……ムリ……ムリ……
なんで……なんでこんな……)
そして追撃。
"Based on vocal emotion analysis, his feelings appear to be genuine."
[音声感情分析から察するに、彼は本気のようです。]
"Bare slutt!"
[もうやめて!]
助手席で叫ぶ。思わず
「うおっ?!」
驚いて山永が車体にブレーキをかける。
ヴェリティは静かに告げる。
"He is a good-natured man.
He would most likely ensure your happiness."
[彼は好青年です。あなたのことを幸せにするでしょう]
"Jeg sa stopp! Hører du ikke?!"
[やめろって言ってるでしょ!!!]
顔を耳まで真っ赤にして、
タブレットを抱え込み、
胸の前でぎゅっと握りしめる。
(……そんな……
そんな……
私、どうしたら……)
「……おい、あーっと……、Lurienna? What's wrong?」
[ルリエンナ、どうした?]
"Nothing!!!!"
[なんでもありません!!!]
車内はもう地獄絵図だった。
しかしながら、新たな地獄が彼らに音を立て今、迫ってきている。それを彼らは知る由もなかった。
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