第26話
ソマリランドの国境をなんとか突破し、更に南下する二人。しかしどう考えても今日中にガバイレに到着は望めなかった。
"Where will you stay?"
[どこで泊まるつもりなんだ?]
"We can pull off the road and use the vehicle as shelter.
Not ideal, but it’s safer than a random village tonight."
[道路から外れて、車を簡易シェルターにしましょう。
完璧ではないですけど、今夜はどこかの集落に入る方が危険です。]
ひとまず岬の町、ゼイラの手前で車中泊をルリエンナは提案してきた。ソマリランドでは夜でも道に人、家畜が普通に出る、違法検問が増えまくる、武装民兵の活動が夜間に増加する、なんなら山賊が出るとしっちゃかめっちゃからしい。そう言われると山永もわざわざリスクを犯してまで夜通しドライブをしたいとは思わなかった。
「こんあたりぐらいかの。Hey, here is OK to stay?」
ルリエンナは沿岸や地平線、道路状況を窓とハーケイのカメラで確認すると頷く。
"...Yes. This area is quiet.
No villages within walking distance, and no clan checkpoints at night.
It’s as safe as we can get."
[……ええ。ここなら静かです。
徒歩圏内に村はありませんし、クランの検問も夜は出ません。
今の状況では最も安全です。]
"I'm glad to satisfy you."
[ご満足いただけたなら光栄だ]
ややおどけて山永が返した。
"This isn’t the time for… whatever that was.
...Pull over behind the dune. No lights. We blend in with the terrain."
[今は、そういうことを言っている場合ではありません。
……砂丘の陰に停めてください。灯火は厳禁です。地形に溶け込みます。]
"Alright."
ちょうど良さげな岩混じりの砂丘の脇に入る。デザート迷彩のおかげか夜間は明かりさえつけなければ全くバレないだろう。良い判断である。
ふと、山永は地平線に沈む夕日を眺めた。気付いたらもうそんな時刻だ。海の方は濃い紫の夜が迫ってきている。ジブチの時もそうだが、やはり日本の空とぜんぜん違う。綺麗なもんだと思った。あんな事があったその日だとは思えない。
"...Good landscape."
[……いい景色だ]
ルリエンナはそんな山永をちらっと流し見ると、
"...Don’t stay distracted, though.
Beauty doesn’t mean safety."
[……気を散らさないでください。
景色が綺麗でも、安全とは限りません。]
タブになにか打ち込みながらあくせくと作業するルリを見て、山永はこれはいかんと思った。この子は仕事させると止まらなくなるタイプだ。
"Hey, Lurienna?"
"...What?"
目を離すことなく答えるルリエンナ。
"Take a meal. I'm hungry."
[飯食おうぜ。腹減った。]
"...Go ahead.
I still have things to take care of."
[お先にどうぞ。
私はまだやることがありますので]
こいつは手強いと思った。こういうタイプは理詰めだなと山永。
"I think if you're hungry, you lose concentration?"
[お前さんが腹減ってたら、集中力なくなるんじゃないか?]
ピタッと指が止まる。視線はタブレットのまま、声だけ返す。
"...Hunger isn’t a critical factor for me.
I can maintain performance for a while."
[……空腹は私にとって致命的な要因ではありません。
しばらくなら作業効率に影響しません。]
だが言い切ったあと、
自分の声がわずかに強がっていることに気づき少し柔らかく付け足す。
"...But…
I understand your point."
[……でも……
あなたの言いたいことは分かります。]
そのままタブレットを閉じるか迷うように、指先がほんの少しだけ揺れる。来た!と山永は思った。実際ジブチが吹っ飛ばされてから水分以外取っていないのである。
"Then have a dinner. It's sad for me to have ration. "
[だったら晩飯だ。レーションってのが悲しいがな]
そういうと彼女の答えを待たず、後部座席の自分のアサルトバッグを漁り始める山永。
"......"
呆れ気味に山永を見つめる。言っても無駄だと悟ったらしい。
"It's...Japanese...saying..., If you're hungry, ...you can't fight."
[日本のことわざだ……腹が減っては、戦はできぬってな]
ガサゴソしながらパック飯を取り出す山永。
「あん?モーリアンどこ行った?」
パック飯を温める用のヒートパックが見つからない。このパック飯はボイルされてないから温めないとβ化されたごっちん米で食えたものではない。
「なんや一番底に入れてんのか腹立つなァあん時のオイよ」
パック飯を水で反応するヒートパックと一緒に専用ビニール袋に放り込む。ルリエンナがじっとこちらを見ている。
"...What are you doing?"
[……何してるんですか]
"Heating it"
[あっためてる]
"...You could just eat it as is, you know."
[……そのまま食べればいいじゃないですか]
"No way! It's too hard and bad taste!"
[ないわ!硬いし不味いし!]
ルリの眉がほんの少しだけ動く。
"...Hard or not, it’s still food.
It’s the same once you eat it."
[……硬かろうが何だろうが、食べ物は食べ物です。
食べてしまえば一緒です。]
"...You talk like my old man."
[お前ウチの親父みたいなこと言うなァ]
流石にムッとした顔をしたルリエンナに"Here you are."と山永が手を伸ばして何かを渡そうとする。
"...What is it?"
"Candy. You are fullRE-M, aren't you?"
[飴ちゃん。お前もフルリムだろ?]
フルリムはとにかく腹が減る。筋肉量も脳の活動も何もかも、常人の何倍もエネルギーを使うからだ。陸自でもレンジャー加給食と同じ、いやそれ以上に過剰とも思えるほどの加給食と増加食が与えられる。ちなみに山永が渡したのはなぜかのど飴のキシリクリスタルだ。彼がこの味を好きなのである。本国に居る、対番と言われる本国から様々な後方支援をしてくれる同じ小隊の隊員から送ってもらった物である。
"...Thank you."
どこか納得いかなげに、受け取りつつ感謝の念を述べる彼女。山永もピリリと包装を破り、口に放り込む。貰ったので流石にルリエンナもそれに倣った。
"It's good taste, isn't it?"
[これ美味くね?]
"...sweet."
[……甘いです。]
淡白な回答。山永は笑いながら、
"I wish more your comments."
[もっとなんか欲しかったな]
二袋のビニールに水を流し込む。そのまま口を縛って後部座席の床に放り込んだ。
"It takes 20 minutes. Go on your works."
[20分かかる。仕事続けてくれ]
"......"
無言。特にタブレットに戻る様子もない。
「……ん?Don't you do your works?」
[仕事しないのか?]
ルリエンナはほんの一瞬だけ視線をそらす。そして淡々と、
"...I can't focus right now.
You interrupted my workflow."
[……今は集中できません。
あなたが作業の流れを崩したので。]
語尾がわずかにムッとしているが、怒りではなく 羞恥の隠し方 に近い。そのまま、ため息を小さくひとつ。
"...So I'll wait.
Until dinner."
[……だから待ちます。
夕食まで]
タブレットを閉じたまま、膝に置いた両手の指が落ち着きなく動く。
"Alright, then enjoy the landscape."
[オーライ、だったら景色でも見ててくれ]
"...Okay.
Just for a moment."
「……わかりました。少しだけ、ですけど」
「……」
無言でニヤつく山永。してやったりという顔だ。
「……ん?着かねェな……」
後部座席の床に放っておいた二つのパック飯がうんともすんとも言わない。モーリアンが着火というか反応しないのだ。べちべちとセンターコンソールに叩きつけ、刺激。ようやくぷしゅーと音を立て出した。よしよしともう一度後ろに放り投げる。
"...It’s beautiful."
[……綺麗ですね]
ぽつりと呟く彼女。窓越しに夕焼けから星空に変わる空をルリエンナは見ている。
"So I said?"
[だから言ったろ?]
そう言って山永も星を眺めた。
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