第25話

ジブチ拠点への核攻撃から3時間後。ルリエンナと山永はひたすらに海沿いを南下していた。16時過ぎ、モタモタしてると日が落ちそうだ。国境の町ロワイヤダに入る直前の林縁に車両を隠しつつ、二人は休憩と今後の行動を考えていた。

「……まいった。マジでどうしたもんか……」

ふと、なんとかどこかに連絡できればと山永は思った。その時、核爆発時のEMPで自分の端末がやられたのではないかと慌てだす。左の肩のポケットからタブを取り出すと立ち上げてみる。

「……おいヒマリ、無事か?!」

『……ねえ、何があったの?めっちゃ爆発音みたいな音聞こえまくるし、電圧めっちゃ乱れたし……』

「……とりあえず無事やったか……」

『だから何があったのってば!』

そのまま官品のブービーの機能も確かめたが、こちらは元々自衛隊用であるので特に異常はなかった。しかしながら官品用の新野外系のネットワークは当然というか断絶している。官品の機材は基本的にオープンネットワークに接続できないよう設定されている。情報保全のためだ。と、いうことは官品系で本国に連絡というのは無理そうである。大人しく私物ヒマリで連絡かと山永は考えた。だがその前に、安全な場所に逃げ込みたい。少なくともジブチがああなった以上、山永にはどこにも伝手など思いつかなかった。

「……あー、Lurienna?」

"...Yes, Sergeant?"

[……なんです?軍曹]

ルリエンナも自分のタブレットを弄っていた。その手を止めて山永の方を見る。

"Do you have a safe place? I think we need a safe house."

[安全な場所ってないか?俺達には避難所が必要だと思うんだが]

"Agreed. I'm already reaching out to our office in Gabiley.

If they clear us, that’ll be our safest option."

[同感です。今、ウチのガバイレの事務所に連絡を取っています。話が付けば、そこが安全です]

"You have a passport?"

[パスポートは持ってる?]

"Of course."

[勿論です]

"Ok, It's no problem."

[OK、なら問題ないな]

知ってはいたものの、ルリエンナはめちゃめちゃ優秀であった。あんな事態があったのに途方に暮れることもなく次の一手に動いている。

"...Is there a problem?"

[……なにか?]

あまりにギャン見してしまったためにルリエンナが気づく。

「あー、No. Just I think, you are dependable.」

[いや、ただ、あんたが頼りになるなと思っただけだ。]

ルリの瞳がほんの一瞬だけ大きくなると、すぐにタブレットに目を戻した。

"...Thank you. But let's stay focused."

[……ありがとうございます。でも、今は集中してください。]

"...Sorry."

[……すまん]

"No."

[いえ]

彼女は自分のタブと会話し始めた。なにかバックグラウンドでやらせるのだろう。

『宗清っ!』

「ん?あぁ」

『ああ、じゃないってば!いい加減教えてよ!』

「……分かった分かった、言って回るなよ。多分、核攻撃食らった。ジブチ基地が」

『……』

「なんや、驚かんとやな」

『それかなとは思ってた。あの電圧不調、EMPっぽかったし』

「お前日本と連絡取れる?」

『無理。基地局どこも繋がらないし、多分その上の集約局も死んでるっぽい』

「マジかァ……」

頭を抱える山永。やはりルリエンナの言うとおりどこか他所に行くしかなさそうである。

「そういやお前、ブービーと連携したらあいつに回線使わしてやれる?」

『多分できるけど。アイツがやだとか言わなければ』

「それはオイが言うわ。回線繋がったらアイツ経由で連絡入れたほうが話の早か」

特に自衛隊に連絡するならブービーが安定だろう。認証さえ通れば間違いなく官品だからだ。

"Lurienna?"

"Yes?"

"Can you communicate with anyone?"

[だれかと連絡取れた?]

"No. The networks seem completely down.

We’ll have to relocate to get anything through."

[いえ、回線が死んでいるようです。やはり場所を変える必要がありますね]

"I got it."

[わかった]

またしても唸る山永。すんなりソマリランドの国境を越えられるだろうか。

"We should move.

Mind if I set the destination in the nav?"

[そろそろ動きましょう。ナビに目的地を入れても?]

"Of course, OK."

[もちろんだ。頼む]

山永がハーケイのセンターコンソールパネルを起動し、マップシステムを呼び出す。

"Go ahead."

[どうぞ]

"Thank you.

Destination: Vigle Gabiley Office, Woqooyi Galbeed."

[ありがとうございます。

目的地、ヴィーグル社ガバイレ事務所、ウクイガルビード]

"Acknowledged.

Route to Vigle Gabiley Office confirmed.

Estimated travel time: eleven hours ten minutes.

Ready when you are, Sergeant Yamanaga."

[了解。ヴィーグル社ガバイレ事務所への経路を確認。

推定所要時間は11時間10分です。山永3曹、いつでも発進可能です]

音声入力を起動し、目的地を入力。車両のAIOSが直ちにルート選択を実施した。官品ゆえマップを内蔵しているのでオフラインでも自動運転できるのは助かる。これがヒマリ達のような民生品だとネットが落ちた瞬間からどうしようもなくなるからだ。

"Yeah,let's go!"

[うし、行くか!]

ハンドルを握り、再発進だ。


そう山永が言ったそばから、早速問題が発生した。国境が荒れに荒れているのだ。核攻撃を受けたので当然と言えばそうなのだが。ロワイヤダ国境ポストに着く前から狂ったように車が長蛇の列で並んでいる。人間もだ。その上その民衆たちが現地語で怒号を投げ散らかしている。まさに混沌といった様相。その列に並ばぬよう、ハーケイを遠目に停車させている。

「……こりゃ無理だ。」

車列は1ミリだって動いていない。恐らくそもそも入管が機能していないのだろう。

"...What should we do?"

[……どうする?]

"...We can’t use the checkpoint.It’s completely collapsed.

We’ll have to bypass it—off the road.

Follow the coastline a bit more south and cut in from there."

[……正面の国境ポストは使えません。完全に崩壊しています。

回避しましょう――道路を外れて。

もう少し南に沿岸側へ下りて、そこから入ります。]

"...you have any plan?"

[なにかプランが?]

"Yes.

There’s a maintenance track parallel to the border fence.

If we follow it south for a few kilometers,

there’s a weak point—no cameras, no patrols.

We can cross there."

[ええ。

国境フェンスと並行して走るメンテナンストラックがあります。

それを数キロ南に下れば、監視の緩い区間が。カメラも巡回もありません。

そこから越えます。]

「……マジか。完全に密入国やん。」

思わず日本語になる。ルリエンナはピクリと眉を動かした。日本語が気になったようで、

"Verity, translate it"

[ヴェリティ、訳して]

"Yes, ma'am."

[承知いたしました]

ゴニョゴニョと彼女のAIOSと話している。そして、

"...It's technically illegal, yes.

But it's safer than dying at the checkpoint.

Survival first."

[……技術的には密入国ですね。でも、国境ポストで死ぬよりはマシです。

まずは生き残りましょう。]

"OK, I got it."

[オーケー、分かった]

山永の答えに満足したのか、またタブに目を落とす彼女。思った以上に強かで場馴れしてるわと山永はしみじみ感心しつつ、エンジンを掛けたのだった。


彼女に言われるがまま、ワジと呼ばれる枯れた川を上り、何分か。5、6人の若者がタイヤやら木材やらなんやらでいかにもチープなバリケードを築いている。いわゆる現地民の違法検問だ。

「……まじであんなモンあるんやな」

なぜか感心する山永。訓練想定で何度も見たし演じたが、本物を見るのは初めてだ。

『なになに、なんかいるの?』

山永に呼ばれてから大出を振るって喋っていいと認識したか、ヒマリがちょくちょく口を出してくる。

「……検問ごた。大丈夫やか?」

追っ払う訓練こそすれ、今そんなことができる状況ではない。どうするのだろうか?

"...How will you go through it?"

[どうやってアレを突破するんだ?]

"...We don’t fight them.They’re just a local clan.

If we look calm and non-threatening, they’ll wave us through.

Do you have have water or fuel, anything useful for them?"

[……戦う必要はありません。地元クランです。

落ち着いて、敵意のない車に見せれば通してくれます。

水か燃料、その他向こうにとって役に立つ物を持ってますか?]

"Yes. Both of them. Why?"

[どっちもあるが。なんで?]

"...Because money won’t work here. But water or fuel will.

If they think we're just travelers willing to trade, they’ll let us pass."

[……この地域では“金”は効きません。でも、水や燃料なら通行料になります。

私たちが通りがかった旅人で、物々交換をするだけ、そう思わせられれば通してくれます。]

「へえぇ」

思わず日本語で感嘆する山永。ヒマリが『ホントにィ?』と茶茶を入れる。

"Let me handle it. Please move the vehicle."

[あとは任せて、車を出してください]

"Roger that."

山永はドキドキしつつもルリエンナに従って、車を出した。


簡易バリケードに近づく。若い男が5、6人、AKを肩にぶら下げている。

「……」

情けないが山永はことの成り行きを眺めるだけだ。訓練で散々茶番として見た“民兵”が、今は生きた武装勢力として目の前にいる。フルリムで冷静さを強化されていても緊張せずに居られない。

"Joog! Joog! Gaadhiga jooji!"

[止まれ!止まれ!車を止めろ!]

検問の若者がこちらを見つけると、大声で怒号を飛ばしてきた。

ルリはため息一つつかず、窓の開閉をチェックしてから山永へ。

"Alright. Move us out—slowly. Keep it steady."

[……よし。ゆっくり進めて。車体を安定させて。]

ゆっくりと前進。

檻から出た獣のように、若い民兵が左右から武器を向ける。

"Maxaad wadataa?! Waxaad ka timaaddaa xaggee?!"

[何を積んでる!?どこから来た!?]

声は荒いが、撃つ気は薄い。

緊張、興奮、そして“責任者のいない国境の混乱”の声だ。

ルリが窓を十センチだけ開け、英語を混ぜつつ、ソマリ語で返す。

"Asalaamu calaykum.We’re travelers from Zeila.

Only passing through.Biyo baan haynaa—iyo shidaal yar."

[こんにちは。ゼイラから来た旅人です。

通り過ぎるだけです。

水があります――少しの燃料も。]

民兵たちが一瞬ざわつく。

“外国人がソマリ語を話す”というだけで

敵意より先に「えっ?」が来る。

先頭の兄ちゃんが警戒しながら近づく。

"Biyo? Dhabtaa?"

[水? 本当に?]

ルリは淡々と山永へ手で合図する。

"Water. Pass me a small one."

[水。小さい容器を渡して。]

山永は後部座席からボトルを一つ取って渡す。

ルリはそれを窓の隙間から差し出し、

"For the checkpoint. No trouble."

[検問への礼です。揉める気はありません。]

民兵が受け取り、嬉しそうに後ろの仲間へ見せる。

周囲にいた若い男たちの表情がみるみる柔らかくなる。

"Ok! Ok! Go! Gaadhiga dhaqaaji!"

[よし!通れ!行け!車を動かせ!]

バリケードの木材が横にどかされる。

"Move us out."

[進めて]

言われるがまま車を進める山永。


連中から少し離れるとルリは窓を閉め、何食わぬ顔で一言。

"...See?

Local clans prefer water over bullets."

[ほら。

地元クランは弾丸より水を好みます。]

山永は緊張から開放されたのもあって、思わず笑ってしまった。

"You have more guts than me."

[あんた、俺よりガッツあるわ]

アクセルを深めながら山永はルリエンナにそう言った。

"...That's rude."

[……失礼ですね]

ルリエンナは窓の外を向くと、小さくそう答えたのだった。

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