第8話

FTCで使用した器材整備も終わり、中隊は本日も恒常業務である。ただの分隊員に過ぎない彼は、昨日の終礼前に確認した補給業務の集合場所、33号隊舎舎側にのんびり向かう。補給陸曹の中田1曹は怖い。いや、全然いい人なのだが怖い。なにせ平成自衛隊だ。身体の髄まで暴力に染まった昭和ほどではないがゴリゴリの威厳(プレゼンス)がある訳である。あと補給陸曹あるあるで、やたらとこだわりが強いというのも威容に拍車を掛けている。

「全員揃ぅたか?2ぃ4ぃ6の7……揃ぅたごたんな。そしたら山永おるか?」

「おります。なんかありました?」

急になんだと彼は訝しむ。

「運幹の呼びよったぞ。訓練計画がどうのいいよったな。」

「まじすか……」

絶対にロクでもないことだと確信した彼は、眉間に皺を寄せつつ聞いた?

「そしたら補給作業は?」

「よか。どうせ業務隊から勝手にリアカーの持ってきたとば、3階に上げて仕分けするだけやけん一人減ったっちゃなんちゃない。」

「そうすか……」

補給陸曹は察したらしくニヤニヤしながら、

「行きとうなかとやろ?」

「です……絶対なんかやらされるっすよ……」

「優秀やけん頼りにされるっさ」

「うれしゅないですよ、そんなん……」

「よかけはよ行け!」

笑いながらシッシと手を振り、今度はほかの隊員に指示を出し出す中田1曹。彼はゲンナリとしながら舎側の階段を登る。一体なんの訓練計画を押し付けられるのか。4四半期の最終月に入ったばかりでまさか検定モノの計画担当ではないだろう。大方新しい中隊長肝いりの中隊訓練だろうか。それともこの前若い連中が体力検定落としたからその対策で体力錬成計画を作れか?

悶々としながら中隊本部のある3階に登り、幹部室の中へ。

「運幹、参りました。」

幹部室の最奥、室内全てを睥睨できる位置に岡部2尉は座っている。疲労滲む顔を彼に向け、居心地悪そうにまず謝った。

「すいません、作業中に急に呼び出して。昼礼時に声をかけ忘れまして……」

「いえ、問題ありません。……どういったご要件でしょうか?」

岡部2尉は、目の下にクマが目立つ我が中隊の運用訓練幹部だ。もともとめちゃくちゃ激務な補職だが、最近更なる業務過多で今にも消えてしまいそうだ。一応真面目で評判は悪くないが、なんとも幸薄そうと中隊の皆から言われている。

「あの、山永3曹はPモス持ってましたよね。」

「……はい、中即で付与されましたが……」

「来年度4師団がPDDジブチ常駐派遣隊派遣隊担任になって、しかもうちの連隊、うちの中隊からも派遣要員をださなきゃなりません……」

「……はい」

岡部2尉は彼の一つ下だからという訳では無いが、どうにも敬語で話してしまう。実は威厳が損なわれるとちょいちょい中隊長から小言を言われていたりする。

「なので山永3曹にPDD派遣隊に上番する為の訓練計画を担当して欲しいんです。」

いままであえて無表情だった彼の顔が見るまに渋面に変わっていく。

「えー、それは私が主務者になるという意味ですよね。」

「……はい……」

「3曹ですが」

「そうですねぇ……」

幸薄ゲージが更にさらに下がった様な弱々しい顔で、どうしようと彼を見つめたり背けたり。

「せめて教官は上曹以上ば当てるんがスジやろっちゅう話やろ?」

すかさず横に座っていた訓練准尉、毎熊曹長が運幹に助け舟を出す。

「まあ、そうです。Pモス持っとる人が他に居ないのも分かってますんでそれはそれで受けないっていう話では無いです」

「ちゃーん分かっとうよ。まあ、オイも実はモスは持っとうけん申し訳なかち思っとる。もしワイが仕事代わってくるるっちゅうなら、オイがやってもよか。」

「それはさすがに……」

運幹に続くか匹敵するほど忙しい訓練准尉の補職を代わるなどとても無理とわかって、毎熊曹長は支援射撃を入れたのである。彼もその言葉を受ける訳にはいかないのだ。すると運幹がぬるっと、

「一応教官は私がやります。山永3曹はあくまで助教としてで。」

結局訓練計画の中身は全部俺が考えるオチだろうが!と頭の中で毒づきつつも、今さら回れ右もできず、彼は承諾した。

「分かりました。とはいえ派遣隊訓練といってもやることが多すぎます。私一人では絶対に無理です。何人かさらに助教役をください。というかまず必成目標を決めてください。いつまでにどの練度までに達したいのか。」

またしても運幹はぐぬぬと顔を渋らせた。

「運幹、派遣の実施要項、ナガに読ませたがいいんじゃなかですか?そん上で考えさせればよかでしょう」

「あ、なるほど」

え"っ!という顔になる山永。

「……班長、あんまりッスよ……結局運幹なんも考えんパターンのヤツやないすか……」

思わず小声で毎熊曹長に物言いする彼。

「……分かっとうが、あん人も忙しか。手伝ってやれ。そいにワイにとってもよか訓練た」

「……はい」

毎熊班長にそう言われると何も言えなくなる。中隊一人一人の毎日の仕事を一人で調整し、編成しているのは彼だ。面倒だし一生懸命組み分けしても心無い文句を言われる補職である。その責務を知った上でここまで言われたら、山永に嫌も何もあったものではなかった。

「山永3曹のタブに細部実施要領送っときました。確認お願いします」

「了解。省秘とか入ってないですよね?」

「あって注意までです。大丈夫です」

「……分かりました。読んだ上で目標を決めましょう。これでよろしいですか?」

「はい!」

なんだかホクホク顔になった岡部2尉に対し、はぁとため息を吐きそうになりながらも用件終わり帰りますと回れ右し幹部室を出る山永だった。

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