第14話 魔獣化の水薬


――パリィィーン


とカレナが窓ガラスを割って議事堂に乱入した。

その後を恐る恐る、俺も窓から侵入した。


「……」


カレナの予想は当たったようだ。

死体多数、首謀者らしき領主の男と裏切者らしき兵士合計5人。

そして……ハクネ王。前に一度謁見したことがあるから顔は覚えている。

幸い無傷。間一髪ってところか。


「ビルソンさん。これはあなたが?」


カレナの冷たい声に気圧されて、敵兵どもが半歩後ずさりした。

しかしビルソンと呼ばれた男は物怖じしない。


「御冗談を。もちろんあちらの方々にお任せしました」


兵士どものうち3人は雑兵だが、一人は騎士の出で立ちだ。

重そうなロングソードに鉄の鎧、そして兜まで装備している。


「兵士長……」


カレナが呟いた。


兵士長に裏切られるなんざ王の器が知れるってもんだ。

アウリコットが兵をぞんざいに扱ってきたとしたら身から出たさびってやつだな。

(軍人の贔屓目)


しかし、さて。

ここは邪馬都の軍師としてアウリコット国王に恩を売る……もとい、助力してやりたいところだ。

と言っても、この数ならカレナ一人で十分足りそう。俺は国王様の守護に徹することにする。


「ハクネ国王様。ご安心ください、あなたは我らの命に代えても護ります」


と、大仰なことをうそぶいておくのは厚かましく恩着せるためであり、この程度のことに命を懸ける気はない。


「お、おお……そなたは、邪馬都やまとの……!」


ハクネ国王の反応を見たビルソンが、フンと鼻を鳴らした。


「やはり邪馬都ですか。カレナ様、おいくら積まれたんで? 新生アウリコットはもっとあなたを高く買いますよ」

「女の子を買おうなんて、よっぽどモテないんですね」

「……チッ。まあいいでしょう。あなたを買う価値があるか試させてもらいますかね」


兵士長と呼ばれた男がズイッと前に出る。

身の丈2mあろうかという巨漢だ。

カレナも女の中では高身長よりではあるが、それでも40cm以上の差がありそう。

腕のサイズもカレナの太腿より太い。


「大英雄カレナ様。一度お立合い願おうと思っていたが、よもやこんな形で叶うとは」


カレナは落ちている小剣を拾い上げた。

その小剣は白い炎のようなオーラに包まれた。


……カレナのオーラ術。

神のセイクリッドファイブはオーラを付与した物体の重さや強度を操れるというシンプルなものだ。

しかし、物質ごとにそのオーラの許容値は決まっていて、大きすぎるオーラを吹き込むとその物質は破壊されてしまうという弱点がある。

要するに、カレナの能力を最大限に活かすには装備も一流のものでなくてはならないということだ。


あのチャチな小剣では本来の能力の1割も出せない。


それでもカレナが負けることはないが。


「いつでもどうぞ」

「フフフ。この私を前にその落ち着きよう。さすがは勇者と呼ばれるだけのことはある。しかし……」


兵士長はニヤリと口端を歪めた。


「この私が国務を離れ、勇者に立候補していたら……果たしてあなたが選ばれたかどうか……」


先手を撃ったのは兵士長だ。

ロングソードを肩に担ぐように構え、大きく踏み込んでカレナに接近した。

カレナの小剣の射程が短いのをいいことに、かなり大胆な走りだ。


「むうんッ!」


掛け声とともに放った振り下ろしを、カレナは懐に潜り込むようにして躱した。

同時に脚を引っ掛け、鈍重な鎧を着た兵士長が盛大に転ぶ。

この体重差の相手を魔術なしで転ばせるのは、よほど体重移動を見切っていないと無理だ。

既に戦闘センスの違いがハッキリ分かる。


「グッ……くう……!」


兵士長はすぐさま立ち上がり体勢を整える。

思ったよりは俊敏な動作だ。しっかり鍛えられているらしい。


「少しナメ過ぎたか。ならばもう一度!」


再度の攻撃は、カレナが小剣で受け流した。

小剣はオーラによって強化されているとはいえ、全力で振り下ろした剣を受け流すのは簡単ではない。

やはりカレナの戦闘センスは超一流だ。あたりまえだけど。


受け流されたロングソードは、そのままの勢いで樫のテーブルにドッスリ食い込んだ。


「ぬううっ!?」


で、抜けないらしい。


「はあぁッ!」


カレナはすかさず兵士長の顎を長い脚で蹴り上げる。


「ぶごっ……」


兵士長はあえなくその場にオヤスミ。

自信満々だったわりに10秒で終わってしまった。


……ちなみに勇者選定は立候補制ではない。


そして回りの雑兵どもは一気にざわつき始めた。


「や、やっぱりカレナ様と戦うなんて無謀だ! 逃げるぞおめーら!」

「あ、ああ!」


我先にと逃亡する雑兵どもを、ビルソンは呆れた顔で眺める。


「ま、期待していたよりは役に立ちました」


随分冷静だな。


見るに、豪華な服の上からでも分かる筋肉質な体躯だ。

恐らく元軍人なのだろう。その佇まいも隙がない。


もっとも、だからと言ってカレナや俺をどうにかできるとは思えないが。


「あんたは逃げなくて大丈夫か?」

「ハッハ。邪馬都のサルに心配されるいわれはありません。もちろん逃げますとも」


ビルソンは「ただし……」と付け加えながら、懐から小瓶を取り出した。


「――!」


魔法薬。

装飾の施されたガラス瓶に入っている紫色の液体が仄かに光を放っている。

ビルソンはそれの蓋をピンと開け、一気に飲み干した。


すると、ビルソンの筋肉がみるみる膨張し、衣服を破るまでに肥大化する。

赤茶の体毛がゴウゴウと炎のように生え、体全体を覆い、牙までもが伸びて、やがては一つの動物を思わせる体形に変化した。


狼。いや、こいつはワーウルフ。


「ただし……お前らを殺してからナァッ」




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