第32話 一撃の交錯
一瞬、空気が張り詰めた。
三影の肩が揺れた。動くかと思ったその瞬間、剛の身体が自然に傾いた。 意識の介在を許さない、ごく微細な“先取り”が身体の奥で起こる。
三影が動いた。 踏み込み、わずかに身体を沈めてから、切り上げるような軌道。
刃ではない。拳でもない。
ただ“間”が突き出された。 空間そのものが、剛を切り裂こうとするかのようだった。
剛は、それを“見る”前に感じ取っていた。 いや、“見る”という行為すらなかった。
右足が自然に滑る。 重心がわずかに後ろに抜け、空気の流れが逸れる。
だが次の瞬間、三影の動きはそこで終わらなかった。 空振りを利用するように、背後へ回り込む。
――来る。
剛の中で、“何か”が動いた。
身体ではない。
意思でもない。
もっと深い、名のない“それ”。
次の瞬間、剛の右腕が自然に上がった。 弧を描くように、三影の攻め手の軌道をなぞる。
交錯。
音はなかった。 だが、空間が弾けた。
観客が一斉に立ち上がる。
剛の手が、三影の肩口に触れていた。 ほんの軽く。 それだけだった。
しかし三影は止まった。 身体の内側で、何かが“完了した”のを悟ったような顔をしていた。
沈黙。
剛の中で、深く何かが静かに落ちていった。
“それ”が動いた――そう確信した。 だが、それを再現する術は、まだわからなかった。
三影が小さく息を吐き、そして頷いた。
「……なるほど」
戦いは、終わっていなかった。 だが、たしかに“一撃”は交わされた。
そしてそれは、技でも力でもなく、“在り方”の交錯だった。
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