第30話 対戦相手

 控室の扉が静かに開いた。 剛が目を開けると、スタッフの男が無言で手招きする。


 通路の奥、試合直前の待機所に通される。 壁の裏側では、観客たちのざわめきが、低く地鳴りのように響いていた。


 そして、もうひとつの扉が開く。 現れた男は、剛よりも年若く、だが異様な静けさをまとっていた。


 長身で細身。 だがその細さには、刃のような緊張があった。 目は涼しく、表情には一切の喜怒哀楽がなかった。


 「九頭竜……」 低く、確かめるように名を呼ぶ。


 剛は答えなかった。ただ一歩、視線を合わせた。


 「お前とやれると聞いて、光栄だ」


 その口調に、敬意も嘲りもなかった。 ただ淡々と、自分の仕事を述べる職人のようだった。


 男の名は、三影(みかげ)と紹介された。 剛はその名に聞き覚えはなかったが、どこか懐かしい“気の構造”を感じた。


 無駄な気負いがない。 戦いを誇らず、勝ちを欲せず、ただ“その時”を待っているような気配。


 ――これは、ただの試合では終わらない。


 剛の中で、何かが静かに燃え始めていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る