第25話 立つことへの違和感
翌朝、青年はまた祠の裏手に立っていた。 構えず、ただ立つ。 昨日と同じように、木の前に。 しかし、身体のどこかに、ざらつくような感覚があった。
“立つ”ことが苦しくなっていた。
それは、剛に近づいた気がした直後だったからかもしれない。 一瞬だけ手応えを掴んだ気がしたその反動で、 今、自分の“在り方”すべてが逆にぎこちなく感じられた。
じっとしているだけのはずなのに、 “何もしないこと”がこんなにも居心地悪いとは思わなかった。
剛は、遠くの木陰からそれを見ていた。 口を開かず、木刀も構えず、ただ気配を重ねていた。
青年は一歩、足を動かしてしまった。 何かを変えたかった。何かを“したかった”。
だが、その瞬間、空気が崩れた。 木々のそよぎがざわつき、呼吸が浅くなる。 動いたことで、すべてが乱れた。
「……まだ、俺は動きに頼ってる」 青年は、悔しげに呟いた。
剛が静かに歩み寄ってくる。 青年の隣に立ち、同じようにただ立つ。
「“何もしないこと”を恐れるな」 「何かを“しなければ”という想いが、もっとも“それ”を遠ざける」
青年はうなずいた。 けれど、その“うなずき”すら、本当に必要だったのかと自問する。
ただ、今日という一日を、 “何も起こさないこと”のまま終えること。 それが、いまの彼にとって最も難しい稽古だった。
その夜、剛はひとり火の前にいた。 青年の寝息が静かに聞こえる距離。 焚き火の炎が、ゆらゆらと風に揺れる。
あの青年と同じ頃の自分を、思い出していた。 勝ちたい、認められたい、戦いたい―― かつての自分は、常に“動き”の中にいた。
今は違う。 だが――本当に違えているのか?
“先の先”を取れる在り方。 “それ”が動く場。 自分がそこに近づいているという実感はあった。 けれど、心の奥底にはまだ、“何かを証明したい”という声が残っている気もした。
ふと、火が大きくはぜた。 その音に、剛の肩がわずかに揺れた。 炎の揺らぎに、自身の迷いが映った気がして、目を閉じた。
“完全に消える”――その境地は、まだ遠い。
剛もまた、揺れていた。
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