第24話 先の先をなぞる
伝承者が去ったあと、山の空気はさらに静けさを増した。 青年と剛は、火を囲みながらそれぞれ黙したまま思索に沈んでいた。
“先の先”。 その言葉の響きは、まるで手が届かない高みに吊るされた鐘のようだった。 触れられず、意味だけが胸に残る。
翌朝、青年は祠の裏手に立っていた。 木刀を手にし、深く息を吸い、構えを取る。 動かない木に向かって、打つこともせず、ただ立つ。
“相手が動くより前に、動き終えている”――それはどういうことか。
青年は、自分の呼吸を整えながら、“読み”を試みた。 もし相手がこう動いたら、こう返す。 だが、剛の言葉が脳裏に響く。 「読むな。掴もうとするな」
その瞬間、すべてが崩れた。 “考えた”時点で、“先”は消えていた。
青年は木刀を下ろし、肩で息をした。 焦りが滲み、汗が首筋を流れる。
剛は少し離れた場所からそれを見ていた。 そして静かに立ち、青年の前に立つ。 無言で木刀を構えず、ただ立った。
「……やってみろ」
青年は木刀を構える。 剛に一歩踏み込む――そのつもりだった。
だが、動けない。 足が地に張りつき、喉が詰まり、身体がわずかに震える。
剛は一切動かない。 それでも、空気が“満たされている”。 自分の動きが“起こる余地”を与えられていない。
青年は木刀を下ろした。
「……わかりません。どうすれば……先を取れるんですか」
剛は木刀を地面に置き、しばらく黙っていた。 そして、ぽつりと口を開く。
「……俺にもまだできていない」
青年が目を見開いた。
「“先の先”は、取ろうとするものじゃない。
“相手が先を出せない空間”が、自然に生まれるときがある。
それを、ただ待つことしかできない」
「立っている、だけで……?」
「そうだ。だがそれは、“立つ”という技ではない。
“完全に消えた者”だけが、そこに在れる。
……俺はまだ、そこまでは届いていない」
青年は、その言葉の重さに口を閉じた。 木刀を地に伏せ、静かに祠のほうへ戻った。
“先の先”――それは技術ではなく、存在の質そのものなのだと、 青年の背に吹いた風が、教えていた。
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