【第七章 続く罰】
母は、罪を受け入れた。
「……いいのよ」
最後にそう言ったときの顔を、今でも覚えている。
泣いていた。
でも、それは後悔や怒りではなく、諦めの涙だった。
「あなたは、未来があるのよ」
「私には、もう……ないから」
その言葉に、俺は縋った。
「ありがとう」を喉の奥で呟きながら、心の中では「これで助かった」と安堵していた。
母は刑を受けた。
世間から指を指され、
報道に追われ、
家も、職も、友人も、すべてを失った。
──俺は。
俺は、日常に戻った。
会社のデスクで笑い、
同僚と酒を飲み、
誰も“俺の罪”を知らない世界で、
“普通”を続けた。
でも、夜になると、
あの無言の瞳が夢に現れた。
「……やめろよ……」
何度も叫んだ。
何度も酒で潰した。
でも、母の視線は消えなかった。
「俺のためだったろ……?」
「俺が悪いわけじゃないだろ……?」
「だって、俺、まだ……」
──
「まだ、生きたかったんだよ」
現在。
無精ひげの男が、膝を抱えて座り込んでいた。
「なあ……」
彼が俺を見た。
血に濡れた手で、床を叩きながら。
「なあ……なんで、こんなことになったんだろうな……」
声が震えていた。
泣いていたのかもしれない。
「……俺は、ただ、会社を守りたかっただけだ。
あいつらが仕事遅いのが悪いんだ。
俺は、ちゃんと“教育”してただけなんだ……」
言い訳。
自己弁護。
でも、その目は“自分でも信じていない”目だった。
「お前だってそうだろ……?
お前だって、悪くなかっただろ……?」
俺を見つめる目が、
“共犯者”を求める目に変わる。
「違うだろ……?
違うって言ってくれよ……」
「俺たちは……悪くないよな……」
スピーカーが、再び冷たく告げた。
『──残る罪の清算を開始します』
天井から、無数のライトが降り注ぐ。
床のラインが赤く光り、ゆっくりと“何か”が動き始める。
「おい……おい、やめろ……」
「おい!! おい!!」
無精ひげの男が壁を叩き、叫ぶ。
「おい!! 俺は悪くねぇ!!
悪いのは、あいつらだ!!
お前もだろ!! お前もだろ!!」
俺は、声を出せなかった。
──違う。
──俺は……違わない。
“あの日”から。
“あの時”から。
俺はずっと、
母を見殺しにした自分を、
許せないまま、
許した“フリ”をして生きてきた。
でも、それでも。
「……生きたかったんだよ」
無精ひげの男の叫びが、
まるで“昔の俺”の声に聞こえた。
スピーカーが、最後の言葉を告げた。
『罪の清算、完了』
赤い光が、視界を覆う。
母の瞳が、再び、俺を見た。
そして──
何も言わず、背を向けた。
俺は、声を上げようとした。
でも、声はもう、出なかった。
“贖罪”なんて、
ここには、どこにもなかった。
ただ、
“誰も許されない”だけだった。
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