【第六章 最後の矢】

視界が揺れる。

 金属音。

 冷たい器具が肌に食い込み、血の感覚を忘れさせる。


 俺は椅子に縛り付けられたまま、残りの二人を見た。


 無精ひげの男と、冴えない男。

 さっきまで笑っていた顔が、もう笑えていない。


 「……おい。まだ終わんねえのかよ」


 無精ひげの男がスピーカーに怒鳴った。


 『──次のラウンドを開始します』


 機械的な声が、無慈悲に告げる。


 『残り二名から“他人の罪”を告発してください』

 『最後の一人になるまで、続きます』


 「ふざけんなよ!!」


 無精ひげの男が壁を殴った。

 その拳が赤く滲んでも、何も変わらない。


 冴えない男は、ただ肩を震わせて笑った。


 「なあ……これ、もうどうせ“全員アウト”だろ」


 「……何?」


 「俺ら全員、“罪人”なんだよ。

  いくら誰かを差し出したって、次が来る。

  選んでも、選ばれても、終わらねえんだ」


 「だったら──」


 無精ひげの男が、冴えない男の胸ぐらを掴んだ。


 「だったらてめぇが死ねばいいだろ!!」


 「ふざけんな! お前だろ!!」


 取っ組み合いが始まる。

 殴り合い。髪を引き裂き、血が飛び散る。


 俺は、動けない。

 ただ、彼らが“仲間”から“敵”へと変わる瞬間を、見つめるしかない。


 「お前の罪は何だよ!!」

 「お前こそ何隠してんだ!!」


 声が混じり合う。

 拳が頬を裂き、鼻から血が流れる。


 スピーカーが静かに告げる。


 『カウントダウンを開始します』

 『10…9…8…』


 「……なあ」


 冴えない男が、ふと笑った。


 「だったらさ──一緒に死のうぜ」


 「は?」


 「ここから脱出なんて無理なんだろ?

  どっちが死ぬかなんて意味ねえよ。

  だったら、もう両方終わらせた方が楽だろ」


 「ふざけんな!!」


 無精ひげの男が叫んだ。


 「俺は生き残る! ここから出る!!

  出て──また、やり直す!!」


 「“やり直せる”と思ってんのか?」


 冴えない男の声が、冷たく響いた。


 「外に出ても、“罪”は消えねえんだよ。

  お前、外に出たら“被告人”だぜ?」


 無精ひげの男の表情が凍り付く。


 「……何、言って……」


 「お前、パワハラで部下追い詰めたって、自分で言ってたろ。

  死んだんだろ? 部下。

  ニュースになったじゃん。

  俺、見たことあるわ」


 沈黙が落ちた。


 「……お前……」


 無精ひげの男の震える手が、ポケットから何かを取り出した。


 ナイフ。


 「……お前が、邪魔なんだ」


 「……ああ、そうだよ」


 冴えない男が笑った。


 「だったら──刺せよ」


 『…3…2…』


 ナイフが、ゆっくりと振り上げられる。


 『…1』


 ──刺さる。


 刃が、冴えない男の胸に沈んだ。


 血が飛び散る。

 笑いながら崩れ落ちる冴えない男。


 スピーカーが冷たく告げる。


 『投票、無効』

 『投票人数不足。再投票を行います』


 「──ッ……?」


 無精ひげの男が、青ざめた顔で振り返る。


 『あなたの罪:殺人罪』

 『新たな罪が、加わりました』


 壁が、音もなく閉じる。


 部屋に残ったのは、無精ひげの男と、

 血だまりの中で笑みを浮かべたまま死んだ男と、

 そして椅子に縛られた俺。


 無精ひげの男が、崩れ落ちる。


 「……なんだよ、これ……」


 泣きながら、壁に頭を打ち付ける。


 「……なんだよ……なんだよこれぇ……」


 スピーカーが、最後に告げた。


 『最後のラウンドを開始します』


 沈黙が、再び訪れた。


 “贖罪”は、まだ終わらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る