【第二章 罪の証明】
椅子に拘束された彼女の叫び声が、部屋に響いていた。
無機質な壁が、その悲鳴を跳ね返してくる。
「嫌だっ! 助けて! 何もしてないのにっ……!」
スピーカーから、冷たい声が告げた。
『──罪の詳細を開示します』
『被告:鈴木 沙織 罪状:誹謗中傷による間接的加害』
『対象者:無名 ネット上にて“死ね”と書き込み、対象者は後日自殺』
ガタ、と無精ひげの男が椅子から立ち上がる。
「うわ……マジかよ……」
「……ほんとに、そんなこと……」
中年の女が目を伏せる。
沙織は泣き崩れた。
「違うの……ただのノリだったの……私がそんなつもりじゃ……!」
俺は、黙って見ていた。
何も言えなかった。
心の中で、あの“全会一致”の場面が何度もフラッシュバックする。
──みんな、なんとなく彼女を選んだ。
「一番それっぽいから」「空気的に」
罪の証拠なんてなかった。
でも、彼女には確かに“罪”があった。
「……こんなの、ただの……」
冴えない男が、口を開いた。
「ただの何だ?」
無精ひげの男が睨む。
「……いや、何でもない」
意見を変えるのは一瞬だった。
“それ以上言ったら、自分が疑われる”
その恐怖が、彼を黙らせた。
スピーカーが再び声を発した。
『次のラウンドを開始します』
『残る参加者四名の中から、再び“他人の罪”を告発してください』
『罪を隠したまま生き残ることは許されません』
──まただ。
また誰かを選ばなくてはいけない。
俺は、吐き気を覚えた。
「……次は誰だ?」
無精ひげの男が、冷たく周囲を見回す。
「……いや、まだ何も──」
中年の女が言いかけると、彼が指を向けた。
「お前、教師だろ?
いじめ、見て見ぬふりしてたんだろ?」
中年の女の顔が青ざめた。
「な、何でそんな──」
「見た目でわかるよ。あんたみたいな“良識派”が一番何もできないタイプだ」
冴えない男が笑った。
──まただ。
“理屈”ではない。
“雰囲気”が、誰かを指名する。
そしてそれに逆らう者はいない。
「自分じゃない誰か」に矛先が向いた時、皆ホッとする。
罪の中身なんて、後から正当化すればいい。
“選んだ”という事実さえあれば──。
中年の女が椅子に座らされた。
「お願い……違うの……私は……何もできなかっただけで……」
「何もできなかったのが、一番罪なんだろ」
無精ひげの男が吐き捨てる。
スピーカーが告げた。
『被告:田村 佳代子 罪状:教育機関における重大ないじめ黙認』
『対象者:複数名 教員としての責務放棄により、複数の自殺者が発生』
「──やめろよ……こんなの……」
俺の声が、かすかに漏れた。
でも、誰も振り向かなかった。
“誰かを選ぶ”という行為に慣れ始めた目をしていた。
俺自身も──その中の一人だった。
スピーカーが低く告げる。
『次のラウンドまで、残り十秒です』
まただ。
俺の視界がぐにゃりと歪んだ。
──あと何人、こうして“消されて”いくんだろう。
“贖罪”なんて、ここにはない。
あるのはただ、“誰かが犠牲になる”というルールだけ。
自分が選ばれないように、
自分が傷つかないように、
そのために人は“正義”を言い換える。
そして、今日もまた“全会一致”が生まれる。
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