第1話 始まりの部屋

ドアが、重たく閉じられた音がした。

 無機質な白い部屋。壁に時計も窓もない。

 唯一の家具は、中央に置かれた丸いテーブルと、その周りに並べられた五つの椅子。


 「……え、ここ? 思ったより……普通?」


 声を発したのは、派手なメイクの若い女だった。

 膝を抱えて座り込むと、怯えるように周囲を見回した。


 「普通、って……何を期待してたんだよ」


 冴えないスーツ姿の男が鼻で笑う。

 俺は、どちらの会話にも入らず、ただ黙って椅子に座った。

 心臓が嫌な音を立てていた。


 ──俺は、何をしに来たんだ。


 そんな問いが頭をよぎる。

 でも、それはきっと全員が抱えている疑問だった。


 部屋には、俺を含めて五人。

 若い女、冴えない男、静かな中年の女、無精ひげの中年男、そして俺。

 見知らぬ他人。けれど、全員、ここに“来る理由”がある。


 「……誰も、説明されてないんだよな?」


 無精ひげの男がぼそりと呟く。

 誰も答えない。ただ、黙って頷いた。


 ドアの上に設置されたスピーカーから、機械的な女性の声が流れた。


 『──ようこそ、お集まりいただきありがとうございます。

  本日、皆様には“贖罪の場”を用意いたしました。

  これから始まるゲームに従い、罪を清算していただきます』


 一斉に顔を見合わせる。


 『最初のルールは簡単です。

  今この場にいる“他人”の罪を告発してください。

  もっとも票を集めた者にはペナルティが課せられます。

  時間は……十秒です』


 ──え?

 何の情報もない。

 罪なんて、知らない。

 顔も名前もわからない。


 「は、はぁ!? 何それふざけ──」


 若い女の叫びを遮るように、スピーカーがカウントを始めた。


 『10…9…8…』


 誰も動かない。

 ただ、恐怖に震え、無言の時間が流れる。


 『…5…4…』


 「……あの女だ」


 冴えない男が、小さく呟いた。


 『…3…』


 「俺も、あの女」


 無精ひげの男が続いた。


 「えっ、ちょっと、なんで──!」


 若い女が慌てて立ち上がる。


 「だって一番“それっぽい”だろ?」


 冴えない男が笑った。


 ──それだけの理由。

 罪の内容なんて関係ない。

 ただ、“誰かを選ばなければならない”という空気が、場を支配していた。


 『…1』


 「……私も」


 静かな中年の女が、俯いたまま言った。


 俺は、息を呑んだまま、何も言えなかった。


 『終了しました。投票結果──全会一致』


 “全会一致”という言葉が、妙に冷たく響いた。


 若い女は泣きながら後ずさった。


 「違う、私、何も──!」


 ガシャン、と音がして、部屋の一角の壁が開いた。

 そこには、椅子と拘束具、そして無機質な器具の並んだ、小さな空間。


 「──座れ」


 スピーカーの声が、命令した。


 「嫌っ、嫌だっ!!」


 女の叫びは、誰にも届かなかった。

 誰も助けようとしなかった。

 俺も──ただ、椅子から立ち上がれなかった。


 “多数決”という名の、最初の犠牲。


 胸の奥に、冷たいものが流れ込む。


 ──これが、“贖罪”か。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る