氷 空を翔ぶより大切なこと

海来 宙

第一章  猫とペンギン

episode 1-1 ナイーブアプリ

 私を消せるのはあいつだけ、

 あいつを浮かばせられるのは私だけ。

 あいつは「ペンギン」と呼ばれて今日も冷たい発電所の上、蒼く四角い建物に映える銀色のコートで空を蹴っている。吐息がもわああと散った。

 中学校から同級生のあいつ――飛翔ひしょうくんは、空を舞う優美な姿で有名な山国さんごく一族なのに飛べないペンギン。昨日けんかになって「せっかく飛翔くんを飛ばせてあげようと思ってたのに、もう飛ばせてあげないことにするから!」と捨て台詞を投げつけたら、彼はもっと残念な私にこう返してきた。

「ふんっ、偉そうに。初海はつうみなんかいつも周りからずれまくって苦しんでて、しかも平凡で埋もれてるくせにな! 今日だってゼリー、平凡すぎて存在忘れられてもらえなかったんだろ?」

 そう、直前の授業で疑問にこだわりすぎた私は、担任の先生が配った地元特産のキマリナメロンゼリーを手にできなかった。中身のメロンはこの小さな町にだけ育つ「これに決まり!なメロン」が由来の特別なメロンで、一時期の不作から脱してこの間の夏は特にできが良かったのだけど。

 キマリナメロンの不作といえば、中学生だった私がお父さんと眺めていたメロン畑で、数少ないメロンが目の前でしおれたこともあった。キマリナメロンに嫌われている。

 ちなみに私、初海みさきの何が〝残念〟かというと、恥ずかしくなるほどむだに特別なところ。高校一年生の十六歳で百六十に一センチ足りない、山国一族でありながら飛べない飛翔くんと親しい、そんなことではない。私は猫耳を使ってロボットを飼える女なのだ。

「ペンギンだって、地上の動物の群れに埋もれてるじゃん」

「うわあ、初海までペンギンペンギン言うんだ。自分は猫じゃないか」

 彼はこの学校で私の猫耳とロボットの存在を知る唯一の人間だった。

 悪いのは私の猫耳――ではなく、私の脳波を猫耳で読みとってあやつるロボットを造ったお父さんだろう。その小さなロボット自体は何の役にも立っていないのだが、私は楽しそうなお父さんを見てぐちをこぼすだけにとどめている。自分の意に反してむだに特別な私は、そんなむだを背負うより普通でありたいくらいだけど、逆に平凡な女に落ちぶれるのも嫌とわがまま娘だった。

 しかし、この世界は残酷である。普通ではない猫耳の私は飛翔くんが言ったように学校でもずれた言動ばかりして苦しみ、世渡り上手な女子の中に埋もれてもいるのだった。ああ、いっそ消えてしまいたい。ほら、彼に消してもらえばいいではないか。

 ところで、飛翔くんが人を消せるのも私が人を浮かばせられるのも、二人がそれぞれ手に入れた不思議なアプリの力である。誰が名づけたのか「ナイーブアプリ」と呼ばれ、私が持っているのは二十回も人を浮かばせられるアプリで、私はこれを使って飛ばせてあげると彼に宣言した。逆に一回だけ人を消せるアプリを手にした彼はその一回で私を消すとは言わず、他の消したいほど憎む誰かに使うつもりだと私は知っている。

 あっ、昨日勢いで私も飛ばせてあげないって言っちゃったか。

 けんかは恐ろしい。

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