第18話 また会ったな
「あえて……」
魔なる天体の称号を持つ
「あえて、ここで言わせてもらう……。また会ったな」
盲いた目であっても、その曖昧な輪郭さえも掴めそうな気配を前に、
〝――――〟
対して、魔星は一切の言葉を持たない。ただ、ヌルの言葉は理解しているのか、問答無用に襲いかかっては来ない。
そもそも魕族とはヒト属の天敵。言葉を交わすこともなく、刃を交えて、滅し合う仲でしかない。そこに言葉の交流などありえない。言葉などいらぬ。ただあるのは、生命のやり取りという一度限りの交流だけだ。
それだけに解せない。魔星は何故滅んでいなかったのか。魔星は何故ジン語を解しているのか。
〝~~~~~~~~!〟
形容し難い咆哮は、魔星の躯体の軋みだ。神経を苛むような金切り声から地を揺らす轟音まで、様々な音階が野放図な不協和音で、しかも同時に鳴り響く。世界に覇を刻む魔の星が一角は、まさにその名に相応しい存在感を解き放った。刃金の鱗の隙間からこもれ出る
しかし、それでもヒト属を滅するにはあまりある暴威の欠片だ。光線となって周囲へと放たれた鸚緑は、床面や天蓋へと着弾し、火柱めいた爆発をみせる。兇悪無慈悲な劣化の光は、触れた万物を塵へと化し灰へと帰す。
〝SysteM:Prometheus,D'espairsRay 〟
異界の咒い。異界の程式。俺たちには理解できぬ言の葉が、この世界で一つの異常を引き起こす。この世の法則を塗り替えるという意味では
「はあああ!」
同時、ヒト属を殲滅せしめる光線が降り注ぐ。光の奔流は強固な盾と花を呑み込む濁流だ。激流に逆らえば、人はいずれ力尽きて流される。だが、彼らもまた尋常のヒト属ではない。
「いきなりクライマックスかよ……。勘弁しろよな」
六弦棹琴をかき鳴らし、聖剣が生み出した盾の花を解析し、より堅牢に強化させる。
「ほう。凄まじいな。即興で合わせるか」
ヌルの感嘆の呟き。同じ楽曲で術理を紡ぐ楽士ならばともかく、別のメカニズムで奇蹟を作動させる聖剣のシステムに即興で詩曲を合わせられる者など、そうはいないだろう。楽聖であるヌルとは別ベクトルの神業を披露でき、なんとか俺も麒麟児たる面目躍如を
「あんたも手伝え!」
とはいえ、成り立ちが異なる術理へ強引に合わせるのは相当に負荷がかかる。汗が伝う感触を味わいながらも、ヌルへと叫ぶ。
「よし、そのまま維持していろ」
ヌルはここで連結した二本の五絃棹琴を展開させた。内側に二本の棹琴が隠されていたらしく、都合四本の棹が十字を描く棹琴となった。
「さて、久々に披露してやるか。俺の妙技を! とくと御覧じろや!」
二本の棹琴を二本の腕で爪弾く。これだけならば、絶技とはいっても既に披露していた技だ。しかし、手首を返して、下側の棹の弦をも弾いている。それぞれ調律された弦の音階や声音は絶妙に全てが異なる。演奏速度は言うまでもないが、いわば限られた音階を駆使する楽士にとっては、それだけ選択肢が増えているということだ。
風圧、突風、鎚。風の弦術を連ね重ねて編み出した楽曲は複雑すぎて、剣士であるキジャクはもちろんのこと、同じ楽士であっても腕に劣る者には意味を聴き分けられぬとみえる。
「なるほどな」
ヌルの狙いを俺は看破でき、同時に感心させられた。この窮地において、激しく雄々しく猛々しく詠う四つの五絃棹琴。
風圧の鎚が高速度で射出され、魔星を打ち据える。しかし、それは地から駆け上る上昇気流だ。巨大とはいえ室内において駆け上る大気の龍を生み出す術理は、まさしく奇蹟といえる。逆にいえば、それほどの奇蹟を担保しなければ、そもそも魔星と戦う資格すら得られないのだ。
魔星の顎を的確に撥ね上げさせる楽曲構成は覿面に効果を及ぼした。天へと向かう万物を消し去る極熱の光線は広い空間を横断し、更に高すぎる天井へと注がれる。魔星が生んだすさまじい光の瀑布は、地から天へと向かい、星をも墜とす。魔峰の山頂を消し飛ばし、更には夜空に浮かぶ星へと到達し、その表面を紅蓮の斑に爛れせしめた。
「もう、夜だったか」
ヌルが他人事のようにごちた。漆黒の中で星々が浮かぶ空の中で、爛れた紅の色だけが異様だった。
「でやあ!」
瞬間、魔星へと飛び込んだのは盾護士。一投足で接近するや否や、重量という如何ともし難い差を物ともせず、盾を介した靠撃を見舞う。
結果、魔星の巨躯が揺らぐ。彼も〝
続けざまに、今度は孤剣のキジャクが趨る。
「…………シィッ!」
光の刀身が伸び、魔星を両断して余りある規模にまで拡張された。
聖剣限定秘奥――千歩一刃。天を斬り、大地を断ち、海を裂く、刃渡りさえも超越した聖剣の奥義が一。伝説を紐解けば龍をも斬り、惑星すらも斬り伏せたという。ヒトの生涯よりも遥かに長きに渡って膾炙されただけあって、誇張も甚だしいが、それでも籠められた力は本物だ。
〝――――〟
このヒト属の限界を遥かに逸脱した一太刀を魔星は飛膜で受け止めた。鮮烈な鸚緑色の飛翼はそれ自体が強力な盾であり、そして――
「ッ!」
剣でもある。キジャクへと翻した羽が刃となり、反射的に聖剣で受け止めなければ勇者の肉体は上下に割断されていたことだろう。もはや、尋常な鎧などなんの役にも立たぬ。そもそも闘いの次元が、そんな領域をとうに通り越している。聖魔の闘いとはそういうもの。ヒト属の絶技と魕族の窮極がしのぎを削る場なのだ。
何百年、何千年か……もしくは、初めて外気に触れた床面を走り抜ける風は、勇者と魔星の丁々発止によって生まれた剣風だ。振るわれる聖剣が生み出す颶風。巨体が大気を孕んで夜気を啾々と哭かせる。この場に前途ある剣士がいたなら、志半ばで夢潰えていてもなんの不思議もない。キジャク自身が凡才ながらも磨き上げた剣技が一髪千鈞のさなかで隙をこじ開け、人が作りし領域では再現できぬ聖剣が剣技を神聖の域にまで高めている。剣技をもってしても到達困難、更に聖剣に到ってはもはや才能だけで語れるものではない。ヒト属の窮極としてこの戦の最前線に立っている勇者は、勇気と肉体を賭け金にして魔星に抗しているのだ。
乱気流が渦巻く魔風地帯と変じた魔星の間。この強風で浮かぶ空の星さえも押されて、その座標をずらされるのではないか。もはや刃金が打ち合う戛然たる音色は聴こえず、魔星の駆動する咆哮と剣風が絶えない狂想曲を世界に顕していた。
瞬時に何手が交錯したか。寸毫に繰り出される虚技、魔技、奥義、絶技――。しかし、これでも魔星には届かず、有効打には到らない。詩曲の援護をもってしても、なお届かない。窮極の魕族の一角は、やはりにわかの勇者で討伐できるほど容易い存在ではないということか。
「相変わらず、無茶な野郎だ。仕方ねぇ。開帳してやるか……」
前線で血を流し骨を軋ませている勇者の耳に届かないとしても仕方がない、小さなつぶやきだっただけに、謎めいたヌルの一言に気がついたのはきっと俺だけだった。
何をかと問える余裕などない。湧いた疑問は、しかし次の瞬間に払拭された。まさか、いや或いは――。疑惑が確信に変わった瞬間でもあった。
「██████████████‼」
ヌルが放った聲。およそヒト属のそれとは思えず、どちらかと言えば魔星の咆哮に近しい、異形異貌の聲。雄々しき孤狼の咆哮にして、心に牙持つ獅子の咆哮。物理に干渉し、棹琴とは異なる術理で現実を侵食する、霊聲。
それは、魔星を打擲し、体躯を揺るがせた。当然に、これを見逃す勇者ではない。過ぎ去りし旧き勇者が、今を活きる新しき勇者へと声を奮ったのだ。
かつての友は星になった。かつての敵は星だった。
人の世は伏魔殿。憎しみ、妬み、憤怒、嫉み、貧困、強権……全てを取るに足らないと旅立ち、最後の地での戦いで、遂にはその瞳は色を映すことをやめた。
もはや旅という自由すら得られない。折れた翼の龍はただ朽ちていくだけだった。
氷塊の中で眠る日々。聖峰の頂きの雪のように、ただ自分の色さえも忘れ去ってしまって、冷たくなって、やがては溶ける。
ならば、かつてしのぎを削った強敵ならば、どうか。ならば、期せずして出会った後進ならば、どうか。
かつて呼ばれた称号に未練などない。栄光など望む理由もない。だが、胸に疼くものがまだあるのなら――。
そして、彼は無銘の衣を自ら剥ぎ取った。これがもたらす意味を理解していながらも。
魕族を滅し、現象に干渉する詩曲。だが、それは吐いた瞬間に超常を引き寄せる。法則を逸脱する。濁声でありながら、起こした奇蹟が幾億ものヒト属を救ってきた。救世の声はかつての神に例えられ、故に霊聲。
霊聲のシャフレヴェル、今ここに帰還。
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