真訳 刃垓魔兇劔魕譚 -Kijak's Wrath-
ふじ~きさい
勇者の堕天と傍に立つ者
聖剣〝美と適合〟
第1話 あの日、人類(ぼくら)の歴史は終わった――
衛星軌道上。
アルカディアのそばで、また生命が散った。
散華する爆破は、高解像度の網膜投影モニターの生々しさもあったせいか、虚構の熱を伝えてくる。ダニエル……。いい奴だった。しかし、既に俺の感情は凍っている。
『Xリーダー、撃墜・死亡を確認。規定に則り、X部隊の上位に権限を移行する。X-1――二分前に死亡を確認済み。よって、X-2へと権限が移行される』
「X-2、了解」
X-2と記号が振られた俺の声もまた渇き、凍っていた。地球よりも重いとされていた人の生命は、使い捨てで扱われる程に安価で買い叩かれている。当然だ。地球よりも重い生命などあるわけがない。
三年前。人類の繁栄の歴史が終わりを告げた。地球という惑星の重力から脱するには未だ幼い文明力しか持ち得ていなかった人類は、遂に自らの驕りを思い知らされることになった。
人類は知らなかったのだ。未だ光さえも地球に届かぬ遥か宇宙の深淵では、我々を遥かに超越した存在がいた事実に。
『うわぁぁぁぁッ!』
通信に悲痛な悲鳴が谺する。また一人逝ったか。
『X-6――撃墜・死亡を確認』
X-6。確か数日前に配属になった奴だった。ほぼ初陣だったはず。間抜けなどと言うつもりはない。この泥濘に浸かりこむような戦場では、もはや個々の能力など何の戦力的優位性もない。ただ、生き残るのは運でしかない。瞬間瞬間に神が振る骰子の目。それだけが、俺たちの生死を分かつのだ。
「X-2よりX小隊へ。アルカディアより距離2880を維持しつつ、牽制射撃を行う。なお、接近する個体については各個の判断で撃破を優先せよ」
圧倒的な文明の力はもはや自然現象に等しい。それも、宇宙規模の。
俺の乗る体長三〇メートルの人型機動兵器――メガゼクスが放つビーム銃砲も、どれだけの効果があるものやら……。
生々しい殺気に爛々と輝く瞳と鱗に覆われたたくましい肉体、蝙蝠じみた翼腕はなるほど、確かにドラゴンと呼ぶに相応しい。いや、それだけではない。
ワイバーン、巨人、キメラ、石像鬼、悪魔……。マギアと呼ばれる、空想の生物が真空の海を泳ぐ。空間そのものを揺るがしているのか、咆哮に震える機体。
殺気さえも放つ高度にして兇悪な幻獣たちに、俺の意思より早く、反射神経がメガゼクス標準装備の疑似質量刀を抜き払った。結局、人類は自らの観測がかなわなかった重力子を兵器転用した代物だ。
理屈としては弦の震動によって質量を生み出しているらしいが、俺たち兵士にとっては扱いさえ知っていればいいだけの話だ。
現実には存在しないはずの重みを付与された剣は、鱗と拮抗したものの、近場のワイバーンを両断せしめた。
この超技術の産物が同じ人類に向けられることがついぞなかったことは、寿ぐことなのだろうか。そもそも、招かれざる客が来なければ、未だに俺たちは眼下の蒼い惑星で繁栄していたはずだ。俺も学生生活を謳歌していたことだろう。やめろ。失った日常を思うことなど、無駄の二文字でしかない。眼前の現実に集中しろ。
集中力のほんの僅かな緩み。そこに差し込まれたのは、巨人の拳だった。モニタに映し出される巌の如きそれは、空想の存在にはあり得ぬ圧倒的な
――やられるッ。
撃墜の予感に背筋が凍るも、それは杞憂に終わった。違う。杞憂ではない。結果的にはもっと最悪な状況に塗り替えられている。
巨人を打擲したのは、巨大機械が撃ったメイサーの光芒。メガゼクスではない。それよりも進んだ何者かによる、生命的な振る舞いを行うマキナ――正体不明の巨大機械だ。
そう、
コードネーム:
俺は高速で通り過ぎようとする赤ずきんへと疑似質量刀を合わせた。来る軌道がわかれば、刀を置くだけで後は赤ずきんは自身の速度で身を滅ぼす。狙い通り、速度と質量が導いた方程式は、マキナの尖兵の一機を斬り裂いた。
やはり、マギアもマキナもアルカディアを狙ってきている――。理由は明らかだ。人類が造り出した現状最大の造形物――恒星間巡航艦、三番方舟アルカディアには、僅かに解析されたマキナ陣営の技術が使用されている。マギアはマキナと認識して、そしてマキナは陣営に与しないにも関わらず己の技術を転用した敵として、それぞれ方舟を狙っているのだろう。通常空間での光速を超える
アルカディア――。種を未来へと継続させるために建造された方舟は、ある意味、人類が何処までも
マギアとマキナの戦争の余波に地軸も傾き、予想だにしない天変地異が各地で起こっている。地球に残ったところで、遠からぬ終末が待ち受けているのは間違いのない未来なのだ。それでも、生まれ育った惑星に残る者もいたが、俺は可能性が低くとも生存する方向へと舵を切ったまでのことだ。
問題は苛烈な攻撃に晒されているアルカディアが
撃墜されればすなわち俺の生存の目が消えるアルカディアではあるが、俺はなにも人類を救うなどという崇高な目的のために戦っているわけではない。親兄弟は既に逝った。救いたい隣人もいない。だから、俺は俺自身のために戦っているのだ。俺は俺の生命を他人のために捨てる気は毛頭ない。
『キジャク一等宙尉。アルカディアの航行システムに問題が生じる危険性があるため、
メガゼクスの管制AIの疑似音声を聞きながら、俺はその表示されたカウントダウンを網膜へと焼き付けた。
「――ッ了解。X-2よりX小隊へ! アルカディアへと大至急着艦せよ! 繰り返す、アルカディアへと大至急着艦せよ!」
残り二分? 到底間に合わない。
「――――ッ!」
アルカディアの艦橋に座っているであろう白髪の艦長、或いはアルカディア内部の市政を預かる禿頭の政治屋の顔が脳裏に浮かび、歯噛みする。大方、自分たちの生命を優先した結果であろう。
だが、彼らの目論見は人類という種を巻き込んで泡と消えた。どちらの陣営が放ったのかはわからない。ただ、
「ぅぐあッ」
俺の視界全体も歪み、曲がり、潰えて――俺は意識を失った。
そして、あの日、
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