第18話 リリスの静かな怒りと優しさ

 月が高く昇り、静けさに包まれた夜の街。人気の少ない石畳の道を、レオンたち五人は足音を控えながら歩いていた。灯火はまばらで、建物の影が長く伸びている。


 そんな中、不意に酒場の扉が勢いよく開いた。


「へへへ……なあ、俺と遊ぼうぜ? 損はさせねえよ?」


 酔った声が夜の静けさを裂く。扉の内側からよろめくように現れたのは、酒に酔い潰れた一人の衛兵と、嫌がる女性店員だった。


「や、やめてください……近寄らないで……。」


 女性が後ずさると、衛兵の表情が豹変する。濁った目が怒気に染まり、腰の剣に手をかける。


「なんだと? 衛兵である俺に逆らうのは、ベルツ様に逆らうのと同義だぞ! どうなっても知らねえぞ!」


 その場に嫌な緊張感が走った。レオンが一歩前に出ようとした瞬間──


「……あーあ。」


 リリスが小さくため息をつき、すらりと歩き出す。


「私、ああいうタイプ、大嫌いなのよね。ちょっと……おしおきしてくるわ。」


 その口調は穏やかで、笑みさえ浮かべていたが、その目の奥には鋭く光る怒りが確かにあった。


 リリスは迷いなく、女性と衛兵の間に立つ。突然の介入に衛兵が顔をしかめた。


「なんだテメェ……こっちはベルツ様の名のもとに──」


「あーもう、うるさい。」


 リリスは静かに手を上げ、小さく詠唱を口にした。次の瞬間、彼女の指先から走ったのは、鋭い雷光。避ける間もなく、それは衛兵の身体を包み──


「ぎっ……ぎええええっ!」


 情けない叫び声を残して、衛兵はばたりとその場に倒れた。動かなくなった彼を一瞥し、リリスはひらりと髪をかきあげて振り返った。


「はい、終了。ちょっと手加減したから、明日には起きてくると思うけど……まあ、いい薬になったでしょうね」


 呆然と立ち尽くしていた女性店員が、目を見開いてリリスを見つめた。


「……あ、ありがとうございます……魔族なのに……優しいんですね……」


 リリスはその言葉に小さく笑い、肩をすくめて言った。


「当たり前のことをしただけよ。誰かを泣かせる権利なんて、誰にもないんだから」


 そう言って、そっと女性の肩に手を置く。


「もうすぐ、ああいう衛兵がいなくなる日が来るから。少しだけ、期待しててね」


 その言葉に、女性は思わず胸に手を当ててうなずいた。


「……はい、信じます。ありがとうございます……!」


 リリスはそれ以上多くを語らず、ふわりと微笑むと、夜闇へと戻っていった。その背中は、どこか誇らしげで、しかし気取る様子はなかった。


 後ろから見ていたレオンは、小さくつぶやいた。


「……やっぱり、頼もしい仲間だな」


 彼女の言葉は、確かにこの街の誰かの心に、希望という灯をともしていた。





「あれは……早くベルツ様に報告しなけれぱ……!」

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