第15話 亀裂と兆し
「森の主」討伐の歓喜と興奮は、アークライトへの帰路においても続いていた。
プレイヤーたちは、死線を乗り越えた高揚感と安堵感に包まれながら、口々に先ほどの戦闘、特にルーカスの活躍について語り合っていた。
「いやー、マジで全滅するかと思ったぜ」
「ルーカスさんがいなかったら、間違いなくダメだったな」
「あの分析力と指示、神がかってるよな。一体何者なんだ?」
疲労困憊のはずの調査隊だが、その足取りは意外にも軽かった。
今回の調査で得られた情報は大きい。
迷いの森の危険な生態、強力なボスの情報、そして何より、ルーカスというプレイヤーが持つ、常識外れの能力とリーダーシップ。
彼は、多くのプレイヤーにとって、この絶望的なデスゲームにおける希望の星となりつつあった。
しかし、その輝きは、同時に一部の者にとっては妬みや疑念の対象ともなっていた。
アークライトに戻り、颯太はまずジニーの元を訪れ、今回の調査結果と、「森の主」が抱えていた致命的なバグについて、収集したデータを添えて詳細に報告した。
また、戦闘中にグレイのギルドが起こしたトラブルについても、感情を排し、客観的な事実として包み隠さず伝えた。
プレイヤー間の不和は、今後の攻略において大きな障害となりかねないからだ。
「そうですか…森の主のバグ、回復ルーチンの暴走とは…深刻ですね。そして、グレイさんの件も…承知しました」
ジニーは、颯太から渡されたデータに目を通しながら、冷静に頷いた。彼女のメガネの奥の知的な瞳は、事態の深刻さを正確に把握しているようだった。
「ルーカスさん、今回も多大な貢献、本当に感謝します。あなたの分析力がなければ、調査隊は壊滅していたかもしれません」
「いえ、皆さんの協力があってこそです」
颯太は謙遜するが、ジニーは静かに首を振った。
「あなたの存在は、私たちにとって大きな希望です。…しかし、あまり目立ちすぎるのも考えものかもしれませんね」
ジニーの言葉には、颯太の身を案じる響きがあった。
彼の能力は、敵対者にとっては格好の標的となりうる。
「グレイさんの処遇については、他のギルドリーダーたちと早急に協議します。全体の規律を乱す勝手な行動は、断じて許容できません。必要であれば、厳正な処分も検討します」
ジニーは、リーダーとして、組織全体の秩序を維持する強い意志を示した。
彼女の采配が、今後のプレイヤーたちの運命を左右するかもしれない。
その夜、颯太は自室で永礼との定期連絡を取った。
『永礼、迷いの森の中ボスに、ダメージ計算と回復ルーチンの複合バグがあった。かなり悪質なやつだ。データ送る。最優先で修正を頼む』
『うおっ、マジかよ…またそんなヤバいの見つけてきたのか、颯太! しかも、また切り抜けたんだろ? お前、本当に人間か?』
『いいから、早く頼む。放置すれば、他のプレイヤーが犠牲になる』
『わーってるよ! すぐ解析してパッチ作る! しかしなぁ…こっちも結構ギリギリなんだぜ? 現実世界じゃ、政府とT国の睨み合いが続いてて、一触即発って感じだし、社内じゃ逢沢の野郎が裏でコソコソ動き回ってるし…』
『逢沢が…? 何か掴んだのか?』
『いや、まだ尻尾は掴めてない。だが、明らかに不審な動きをしてる。お前が内部から送ってくれるバグ情報と照らし合わせると、あいつが関与してる可能性が高いんだが…証拠がねぇ』
『…そうか。こっちも注意しておく』
永礼の声には、隠しきれない疲労と焦りが滲んでいた。
ゲーム内部だけでなく、現実世界もまた、厳しい状況にあることを颯太は改めて認識した。
一方、ジニーの呼び出しを受けたグレイは、他のギルドリーダーたちが集まる会議室で、今回の身勝手な行動について厳しく詰問されていた。
「グレイ! あなたの行動は、調査隊全体を危険に晒したのですよ!」
「言い訳は聞きません! 仲間を裏切るような行為は許されない!」
「レアアイテムを独り占めしようとしたんでしょう! 見苦しい!」
各ギルドリーダーたちからの厳しい非難の声が飛び交う。
しかし、グレイは反省するどころか、ふてぶてしい態度で開き直った。
その瞳には、後悔の色など微塵もない。
「ちっ、うるせぇな! ちょっと手柄を立てようとしただけだろうが! 大袈裟なんだよ!」
「手柄だと!? あなたのせいで何人死にかけたと思っているんだ!」
「そもそも、てめぇらのやり方が生ぬるいんだよ! このデスゲームで生き残るにはな、綺麗事だけじゃダメなんだ!」
完全に逆ギレしたグレイに対し、リーダーたちも呆れと怒りを露わにする。
「もうあなたとはやっていけません!」
「我々のギルド連合から追放します!」
ジニーが最終的な判断を下そうとした、その時だった。
「ああ、そうかい! てめぇらみたいな偽善者どもとは、こっちから願い下げだ! こんなクソゲーで、いつ死ぬかもわかんねぇのに、お前らみたいにお行儀よくルール守ってられるかよ! 俺はもう抜ける! 好きにさせてもらうぜ!」
グレイは、悪態をつきながら椅子を蹴り飛ばし、会議室から出て行った。
彼に最後まで同調していた数人のメンバーも、舌打ちしながら後を追う。
こうして、プレイヤー間の協力体制に、修復困難なほどの最初の大きな亀裂が入った瞬間だった。
会議室を出て、怒りに肩を震わせるグレイに、待っていたかのようにアンジェロが音もなく近づいた。
その顔には、計算通りの満足げな笑みが浮かんでいる。
「やぁ、グレイ。大変だったね。でも、これで良かったんだよ」
「…アンジェロか。見てたのかよ」
「もちろん。君の勇気ある決断、素晴らしいじゃないか。あんな偽善者どもと一緒にいても、未来はないよ。君にはもっと大きな力があるのに」
アンジェロは、傷ついた獣を慰めるように、しかしその実、毒を吹き込むように囁きかける。
「どうだい? 君だけのギルドを作るんだ。古い秩序に縛られない、力こそが正義となる新しいギルドを。僕が全力で手伝うよ」
「俺だけの…ギルド…」
追放され、孤立したグレイにとって、アンジェロの言葉は唯一の救いのように響いた。
彼の目に、野心と、自分を認めなかった者たちへの復讐心、そしてアンジェロへの依存が入り混じった、暗い光が強く灯る。
「そうだ…俺は俺のやり方で、この世界で成り上がってやる…!」
「その意気だよ、グレイ。あのルーカスとかいう気に食わない優等生も、僕たちに逆らう奴らは全員、力で排除すればいい。そうすれば、この世界で欲しいものは何でも手に入る。T国からの報酬だって期待できる。もしかしたら、僕たちだけが現実に戻る道だって、開けるかもしれない…」
「…本当か? 俺たちだけが…?」
「ああ、僕を信じて。僕にはそのための情報がある」
アンジェロの甘言は、もはやグレイの疑念を差し挟む余地を与えなかった。
彼は完全にアンジェロの掌の上で踊らされていた。
PKギルド「justice」誕生の瞬間が、刻一刻と近づいていた。
その頃、颯太は一人、ギルドハウスでシステムの解析に没頭していた。
彼は、プレイヤー間の協力体制が崩壊しつつある現状を危惧し、ギルド機能の安定化、特にアイテムを保管するギルド倉庫のセキュリティ強化が急務だと考えていた。地道なログ解析とテストを繰り返す中で、彼はギルド倉庫のアイテム出し入れに関する権限設定ロジックに、特定の条件下で他ギルドのメンバーでも不正にアクセスし、アイテムを閲覧・窃取できてしまうという、致命的な脆弱性(バグ)を発見した。
(これだ…! なんてことだ、こんな穴があったなんて…もし、これがPKギルドに悪用されたら…各ギルドが必死に集めた資源や装備が根こそぎ奪われる可能性がある! 下手をすれば、それだけで多くのギルドが壊滅するぞ…!)
背筋に冷たい汗が流れる。颯太は、すぐさま永礼に緊急で連絡を取り、状況の深刻さを伝えた。
『永礼、ギルド倉庫の権限設定に重大なセキュリティホールを発見! 悪用されれば全ギルドの倉庫が破られる可能性がある! 最優先で修正パッチを! 今すぐにだ!』
『なんだと!? また倉庫かよ! くそっ、T国の奴ら、どこまで仕込んでやがるんだ…! いや、これは…もしかしたら逢沢の仕業か…? わかった、こっちの作業を中断してでも、全力で対応する!』
永礼も事態の深刻さを理解し、即座に対応を開始した。
NEED&luxury社のサーバー室では、永礼を中心とした数名のプログラマーたちが、徹夜で修正作業にあたることになった。
数時間後、永礼からの修正完了の連絡を受け、颯太はようやく安堵の息をついた。
システムメッセージで「ギルド倉庫のセキュリティが強化されました」と告知されると、多くのプレイヤーは「また何かメンテか」程度の認識だったが、水面下では、ゲーム世界の経済と秩序を根底から揺るがしかねない、巨大な危機が回避されていたのだ。
(危なかった…これで、当面の心配は減った)
しかし、安心したのも束の間、颯太はすぐに気持ちを切り替える。
PKギルドの脅威は去ってはいない。
むしろ、これから本格化するだろう。
そして、根本的な問題であるログアウト不能とデスペナルティを解除しなければ、この悪夢は終わらない。
颯太は、迫りくるであろうPKギルドとの対決に備え、そして全てのプレイヤーを救うという目的のために、一人、警戒を強め、次なる行動への決意を固めるのだった。
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