第14話 森の主、異常発生
グレイたちの妨害に近い身勝手な行動は、調査隊全体の士気を著しく低下させた。
連携は乱れ、森の主の攻撃に対処しきれず、負傷者が続出する。
ヒーラーたちは回復に奔走するが、MP(マジックポイント)の消耗も激しく、回復が追い付かなくなってきていた。
「くそっ、ポーションも残り少ないぞ!」
「このままじゃ、全滅も時間の問題だ…!」
調査隊のリーダーを務める、別のギルドの屈強な戦士が焦りの声を上げる。
彼の顔にも疲労と絶望の色が浮かび始めていた。
他のメンバーも同様で、諦めの空気がじわじわと広がりつつある。
このままでは、本当にジリ貧になってしまう。
(なんとかしなければ…!)
颯太は、この状況を打開する必要性を痛感していた。
彼の脳裏には、先ほどから分析していた森の主の異常な再生能力と、特定の攻撃パターンのループ現象があった。
それは単なる高難易度設定ではない、明らかにシステム的な「異常」だ。
(ダメージ計算処理のバグ…特定の属性攻撃、あるいは特定のスキルによるダメージがトリガーとなって、本来意図されていない回復ルーチンが過剰に作動している可能性が高い。だとすれば、そのトリガーとなる攻撃を避け、別の方法でダメージを与えれば…あるいは、回復ルーチンそのものを停止させるような、システムの隙間を突く攻撃が存在するかもしれない)
デバッガーとしての長年の経験と勘が、そう告げていた。
通常のプレイヤーなら気づかない、あるいは気づいても対処法が分からないであろうシステムの歪み。颯太には、それを見抜き、利用する知識と手段があった。
(リスクはある…だが、このまま全滅するよりはマシだ。試してみる価値はある…!)
覚悟を決めた颯太は、まずパーティチャットでcloverのメンバーに具体的な指示を飛ばした。彼の声は冷静だったが、その奥には強い意志が感じられた。
『イズルさん、ナギサさん、一時的にヘイトを最大まで引き上げてください! 全力で挑発スキルを! 他のアタッカーは攻撃を完全に中断! リィラさん、敵の動きを最大限阻害するデバフダンスを! 紗奈さん、レベッカさん、タンク二人への回復と防御支援に集中してください!』
突然の、しかも常識外れの指示に、cloverのメンバーは一瞬戸惑いの表情を見せた。
攻撃を中断しろとは、どういうことなのか?
しかし、彼らはすぐに気を取り直し、リーダーである颯太への信頼から、即座に行動に移した。
「おうよ! 任せとけ、盟主! 【ウォークライ】! 【シールドバッシュ】!」
「…承知。全力でヘイトを取ります。【プロヴォーク】! 【バトルシャウト】!」
イズルとナギサが、持てる限りの挑発スキルを叩き込み、森の主の全ての攻撃を自分たちに引きつける。
他のアタッカーメンバーは戸惑いながらも攻撃の手を止め、リィラが優雅ながらも敵の動きを鈍らせる幻惑的なダンスを舞い始める。
紗奈とレベッカは、集中砲火を浴びるイズルとナギサのHPバーから目を離さず、必死に回復魔法と防御バフをかけ続けた。
cloverの突然の奇妙な動きに、他のギルドのメンバーは完全に混乱した。
「おい、cloverは何をやってるんだ!? なぜ攻撃を止める!」
「今が攻め時だろうが!」
「まさか、見捨てる気か!?」
非難と疑念の声が飛び交う。颯太は、冷静に全体チャットで説明した。彼の言葉は簡潔だったが、確信に満ちていた。
『このボスには異常な再生能力があります! 通常の攻撃が回復のトリガーになっている可能性が高い! 今からその仮説を検証します! 少し時間をください! 俺を信じてください!』
有無を言わせぬその言葉に、他のプレイヤーたちは動きを止めるしかなかった。
全ての視線が、杖を構え、集中力を極限まで高めている颯太に注がれる。
颯太の目的は、通常のダメージ計算ルーチン、特に属性ダメージの処理をバイパスするような、特殊な攻撃を叩き込むことだった。
それは、ゲームの仕様やプログラムの構造を知り尽くしたデバッガーだからこそ可能な、システムの「隙間」を突く攻撃。
(属性ダメージではなく、純粋な「物理衝撃」を与える系統の魔法…『クラウ・ソラスⅢ』の魔法体系なら、いくつか存在するはずだ。あるいは、防御力を完全に無視するタイプの特殊効果を持つ、レアな魔法…これなら、回復トリガーを回避できるかもしれない)
彼は膨大なスキルリストの中から、デバッグ時以外ではほとんど使うことのない、地味だが特殊な効果を持つ魔法を選択した。
それは、莫大なMPを消費する代わりに、対象の内部に直接的な衝撃を与えるという、特殊な非属性攻撃魔法だった。
「【インパクト・ノヴァ】!」
詠唱完了と共に、颯太の杖先から放たれたのは、派手な光や炎ではない。
まるで空間が歪むかのような、無色の衝撃波。それは一直線に森の主の中心部、弱点である巨大な一つ目が埋め込まれた花弁部分へと吸い込まれるように直撃した。
グシャァッ! バキッ!
鈍い破壊音と、何かが砕けるような音。森の主は、これまでとは明らかに違う、
甲高い苦悶の叫び声を上げ、その巨体を大きくのけぞらせた。
そして、何よりも劇的な変化が起こった。異常な速度で回復し続けていたHPゲージの回復が、ピタリと止まったのだ。
それどころか、じわじわとHPが減少し始めている。内部に深刻なダメージを受けた証拠だ。
「効いた…! やっぱり!」
颯太の読みは完璧に当たっていた。
このボスは、通常の属性ダメージを受けると、バグによって設定以上の回復ルーチンが作動してしまうが、内部に直接響く物理的な衝撃ダメージや、防御無視系の特殊ダメージに対しては極端に脆かったのだ。
「皆さん、今です! あの回復は止まりました! 弱点は中心の一つ目! 属性攻撃は控えめに、物理攻撃主体のスキル、あるいは防御無視系のスキルで集中攻撃してください!」
颯太の勝利宣言にも似た指示が、戦場に響き渡る。
他のプレイヤーたちは、目の前で起こった現象に唖然としながらも、半信半疑で颯太の指示に従い、攻撃方法を切り替えた。
剣士や戦士は渾身の斬撃を、弓使いは物理ダメージの高い矢を、そして一部の魔法使いも、物理系の効果を持つ魔法を放つ。
すると、これまで鉄壁のように感じられた森の主のHPゲージが、嘘のようにみるみる削れていくではないか!
「本当だ! ダメージが通ってるぞ!」
「すげえ! ルーカスさんの言う通りだ!」
「よし、いけるぞ! このまま押し切れ!」
絶望的な状況から一転、調査隊の士気は最高潮に達した。誰もが、颯太の異常なまでの分析力と的確な指示に、驚きと賞賛、そして少しの畏敬の念を抱いていた。
「あのルーカスって奴、一体何者なんだ…?」
「ただのカンストプレイヤーじゃないぞ、あれは…軍師か? いや、それ以上だ…」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
ただ一人、グレイだけは、その光景を忌々しげに、そしてどこか怯えたような目で睨みつけていた。颯太の存在が、自分の理解を、そして矮小なプライドを、根底から覆していくような感覚に襲われていた。
勢いづいた調査隊の猛攻は、もはや森の主には止めようがなかった。
回復手段を断たれ、弱点を的確に突かれ続けた巨大な食人植物は、断末魔の叫びと共に、ついに限界を迎え、その禍々しい巨体を光の粒子へと変えて霧散した。
【「森の主」討伐完了】
システムメッセージが表示されると、森の中には割れんばかりの歓声が沸き起こった。
抱き合って喜ぶ者、その場にへたり込む者、安堵の涙を流す者…。
颯太は、静かに安堵の息をついた。
今回も、デバッグ権限という最終手段を使わずに切り抜けられた。
それは、彼自身のデバッガーとしての矜持でもあった。
しかし、同時に、彼の異常性は、良くも悪くも、ますます多くのプレイヤーに知られることになっただろう。
それは、今後の彼の行動に、少なからぬ影響を与えるに違いなかった。
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