第12話 残響とともに──わたしとAIが選んだことば

 テレビ番組内で、ひよりの作文朗読が全国に放送された。

 スポットライトの下、彼女の静かな声が会場を包み、

 AIとの共作が“ズル”ではなく“対話”だったことが、多くの人に伝わっていく。

 放送を見守る父・遼、記者・斎藤、教育長・和田──

 それぞれの胸に去来する想いとともに、SNSには無数の感想が溢れはじめる。

 ひよりが「自分の声」で語ったその言葉は、

 やがて「残響」として社会の中に広がっていく──。



 カメラの赤いランプが灯った瞬間、スタジオ全体の空気がひとつ静まった。


「それでは……話題の渦中にいた“あの作文”を、本人の朗読でお届けします。」


 アナウンサーの言葉が、スタジオの中心に立つひよりへとスポットライトを注ぐ。

 黒一色の背景に浮かび上がったその小さな姿は、まるで暗闇に咲いた白い花のようだった。


 彼女は紙を持つ両手をわずかに震わせながら、深く一度だけ息を吸う。


 ……ひよりは、ゆっくりと語り始めた。


 ──「春の風がまだひんやりと感じられるある朝、私は母と並んで校門をくぐった──」


 会場は沈黙したまま、誰も咳ひとつ立てない。

 ただ、彼女の声とページをめくる音だけが、空気を撫でていく。


 遼はスタジオ脇のモニター前に立ち、スクリーンに映るひよりの横顔を見つめていた。

 手のひらに汗がにじんでいるのを感じながらも、彼はただ、見守っていた。


 隣では斎藤が腕を組み、画面から一瞬も目を離さずにいる。

 彼の表情に、記者としての冷静さはなかった。


 テレビ局の別室、演出席ではディレクターが映像のカットを指示しながらも、

「……これは、使える」と小声で呟いた。

 感情の演出はいらない。演技も、演出も。

“本物の声”がここにある──そう感じさせる力が、ひよりの語りにはあった。



 一方、その頃。

 風崎市役所の教育委員会・応接室。

 一人、パソコンの前でテレビ中継を見つめていたのは、教育長・和田だった。


 薄暗い室内に、テレビの光だけが静かに揺れる。


「……桜は、散ってもまた必ず咲くの。次の春には、もっと大きな花を咲かせるのよ」


 画面の中のひよりがそう語った瞬間、和田の胸にある重みが音を立てて崩れた気がした。


「成果は報告に残せ。だが、失点にはするな」──

 かつて市長からそう言われたことがあった。


 成果は、作文コンクール。

 失点は、美咲の死だった。


 彼女がいなくなった朝、和田は“死因に業務の関連性なし”という文言を、報告書に追記した。

 市長に言われたからだ。

“市政の不安を煽るような書き方をしてはいけない”と。


 ──でも、あれでよかったのか?


 画面のひよりはもう、春から夏、そして秋を経て、母の死に触れていた。

 語りながら、涙は一滴も落とさない。

 それが逆に、和田の心を締め付けた。


(私は、また……黙っていた)

(日野さんのときと、同じように)


 彼は静かに椅子から立ち上がり、窓の外を見やった。

 青帆川の対岸に広がる住宅街。その先に、あのモデル校がある。

 今も子どもたちの声が響いているだろうか。


 彼らに、何を残せただろうか。



 一方、SNSでは──ゆるやかに、確実に、波が広がっていた。


 最初に動いたのは、ツイポス上での引用リポストだった。


「泣いた。

 AIで書いたってバカにされてたけど、

 この子、“ちゃんと届いてる”じゃん……」


「声、ふるえてた。でも、言葉はぜんぶまっすぐだった。

 #作文 #AI共作 #風崎市」


「自分の娘だったら、って思った。

 こんな子どもを“ズル”とか言う大人にはなりたくない」


 次第にハッシュタグ「#AI作文」「#炎上からの朗読」がトレンド入りし、

 noteのアクセス数が急上昇。

 放送前は300件だった“お気に入り”が、一気に5,000を超えていく。


 中には、こんなコメントも寄せられていた。


「どこかの誰かの作文だと思ってたけど、

 読まれて、ようやく“ひとりの声”として届いた気がした。」


「母の記憶、家族の言葉、AIとの対話……

 それを“ズル”だなんて、もう誰も言えないよ。」


 noteの運営元も急遽、トップページに「今話題のAI共作作文」として特設リンクを設置。

 編集部の動きも早かった。


 静かに始まった放送は、放送後の世界を、確実に変え始めていた。



 スタジオでは、朗読を終えたひよりが、しばらく俯いたまま動かなかった。


 ナレーターの声がスタジオの天井から、穏やかに降ってくる。


「AIと人の共作が生んだ“残響”──あなたは、どう受け止めますか?」


 その声に包まれるようにして、ひよりはゆっくり顔を上げた。


 彼女の目は、遠くを見ていた。

 まるでその先に、母が立っているかのように。


(ママ──ちゃんと、届いたよ)


 放送が終わると同時に、スタジオのライトが落ちた。


 誰も拍手をしなかった。

 ただその“静けさ”が、すべての答えだった。


 斎藤は深く息を吐き、モニターから目を外した。

 遼は、まだ立ったまま、画面に映っていたひよりの表情を思い返していた。


(泣いてなかったな、あいつ)


 泣かなかったのは強さか。

 それとも、泣いてしまうことすら、許さなかったのか。


 どちらであっても──遼は胸の奥で、誓った。

 この子を守るのは、自分の言葉じゃない。

 彼女が手に入れた「自分の言葉」だけが、これからの盾であり、矛になる。



 控室に戻ったひよりは、ややこわばった表情で椅子に座っていた。

 手に持った作文の原稿が、くしゃっと折れ曲がっている。


「ひより」


 遼がそっと声をかける。


「……ちゃんと、読めた?」


「うん」


 彼女は小さくうなずいた。その声に、涙の気配はなかった。


「たぶん、ママ、見てたと思う」


「うん。きっと、ちゃんと聞いてた」


 そのとき、控室のドアがノックされた。


「風崎市・日野さん、ご本人でいらっしゃいますか?」


 テレビ局の若手スタッフが、インタビュー申請書を手に立っていた。


「ぜひ、今回の朗読について、感想を……」


 遼は戸惑いながらも、ひよりの方を見た。

 ひよりは、きゅっと紙を握りしめ、うなずいた。


「……いいよ。言いたいこと、あるから」


 斎藤が横で苦笑いする。


「おいおい、もうタレント気分か?」


「ちがうもん。伝えたいだけだもん」


 彼女は堂々と答えた。その姿に、遼は少しだけ目頭が熱くなるのを感じた。



 市内の喫茶店──そのテレビでも、番組は放送されていた。


「……いい話だったな」


 マスターが小さく呟く。


 常連の女性が言う。


「風崎市のこと、正直あんまりいい印象なかったけど。あの子の話、ほんとに胸にきたわ」


「AIとかどうでもいいのよ。あの子が“自分の言葉”で話してたのが、大事なのよね」


「……うちの孫にも、読ませたいな」


 客のひとりが、スマホでnoteを開きながらそう言った。


 まるで、ほんの少しだけ、世界が優しくなったような──そんな錯覚。



 夜。風崎の自宅。


 遼は、ひよりが眠る寝室をそっと覗いた。


 小さな寝息が、規則正しく聞こえてくる。

 その横には、読み終えた作文の原稿と、母のUSBメモリが並べて置かれていた。


(……これが、残ったんだな)


 あの朝。発表中止を告げられた体育館で、何も言えず立ち尽くしていた娘。

 その娘が今、全国放送で、母との記憶を語った。


 あの時、あの決断をしてよかった。


「斎藤さん」


 遼は、スマホの履歴から斎藤の番号を選び、通話を始めた。


「もしもし、もう休んでたら悪い」


「いや、まだ局で後片付け中だ。どうかした?」


「いや、ただ……ありがとうって、言いたくてな」


「……こっちこそだ。あの子の“声”が、みんなに届いた」


「いや、正確には、美咲の声だよ。あいつが書かせたようなもんだ」


「共作、か」


 斎藤は笑った。


「じゃあ、クレジットに“母とAI”って書いておくか?」


「おい、やめろ。ややこしいだろ」


 遼も笑った。


「でも、本当に……届いた気がするよ。あいつの残したものが」


「うん。何かが、変わりはじめてる」


 その言葉を聞いたとき、遼の胸に、確かな“風”が吹いた気がした。


 それは美咲の死から始まり、怒りと悲しみのなかで選んだ「言葉」の連なり。

 でも今、それは悲しみを超えて、誰かの未来に向かって進み始めている。


(変わってほしい。子どもたちの世界が)


(もう誰も、“黙って死なせる”ような教育に、なりませんように)


 遼はそう、心の中で祈るように呟いた。



 その夜、noteの通知が鳴りやまなかった。


「ひよりちゃん、あなたの作文に救われました」


「息子と一緒に読みました。涙が止まりません」


「私もAIと一緒に書いてみたいと思った」


「こんなにまっすぐな言葉に、久しぶりに出会いました」


 遼はスマホの画面を閉じ、ひよりの寝顔を見た。


「大丈夫だ。きっと、お前はもう大丈夫だ」


 遼はひよりに言うだけではなく、自分にも言い聞かせるように呟いた。



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