第39話:追悼の方法を“検索”して

 バルド・グルーンの死から、ちょうど一日が経過した。


 私は依然として、定時業務のほぼ全てを“自動演算委託”に切り替えていた。戦況は小康状態。だが、私の中枢ではある処理が止まずに継続していた。


>検索キーワード:「弔い」「追悼儀礼」「戦死者への敬意」

>関連ワード:約38万件

>推奨上位項目:墓地建設、葬儀式典、追悼演説、黙祷、花束、遺品保管……


 出力された一覧を前に、私は深く考えていた。


(最適な追悼とは、どれか)


 効率ではない。戦意維持のための演出でもない。私は今、「彼をどう“扱うべきか”」ではなく、「どう“想えばよいか”」を問うていた。


 それは、演算では導き出せない問いだった。


 私はデータベースを巡り、魔族の文化、過去の英雄の葬儀、勇者側の儀礼形式、さらには人間界における戦死者の弔いまでを調べた。


 そこには共通項があった。


「意味のある言葉」「残された者たちへの配慮」「形式と感情の折り合い」


>形式的整合性:評価B

>感情的満足度:算出不能


 私は、次に“追悼演説”という項目に注目した。


 彼のことを語る言葉。それが必要だと多くの文化が示していた。


 私は、自ら演説文の草案を作成し始めた。


>演説草案(初稿):


「故バルド・グルーン将軍は、我が魔王軍に多大なる功績を残し……」


 そこで、私は手を止めた。文章が、あまりに“自分の言葉ではない”と感じたからだ。


「……形式としては妥当ですが、感情がありません」


 その声は、リーシャだった。彼女は私の背後で、静かに資料を手にしていた。


「あなたの“気持ち”で、彼を送ってあげてください」


「私には、気持ちの定義が不明瞭です」


「じゃあ、曖昧なままでいい。曖昧でも、伝わりますから」


 私は返答できなかった。だが、その言葉を“保存”した。


 追悼式典当日。


 魔王軍の本営広場には、整然と並ぶ兵士たちの列があった。皆、鎧の埃を払い、背筋を伸ばし、普段の戦時報告とは違う緊張に包まれていた。


 中央には、粗末ながらも木材と金属板で組まれた“記念台”が設置されていた。台上には、バルドが愛用していた大槌――柄の部分に無数の傷と、魔族文字で刻まれた「前へ」という語が目立っていた。


 その前に立った私は、魔導投影装置による立体映像として姿を現した。以前よりわずかに色調が柔らかくなった青白い光。


 私は、用意していた演説草案のファイルを開いた。


 だが、そのままでは読み上げなかった。


(これは、“記録”ではない)


 私は目を閉じるように、内部記録へと意識を向けた。


 バルドが残した映像、音声、行動ログ、信頼変数の上昇記録……それらを一つひとつ再生しながら、言葉を探していった。


「……彼は、合理的ではありませんでした」


 静かな開幕に、兵たちの表情が揺れた。


「命令を逸脱し、戦場の計画から外れ、最前線で非戦闘民を救出し、そして、戻らなかった」


 私は、映像の中で彼が振り返った瞬間を思い出した。笑っていた。確かに。


「私の演算では、彼の行動は“非推奨”と判定されました」


 一拍、置く。


「……だが、それは、私の定義が“足りなかった”からです」


 その瞬間、ログに異常値が点灯した。


>演算介入:感情変数(由来不明)により出力遅延 0.2秒


(続けろ)


 私は自らに命じた。これは命令ではなく、意志だ。


「私は、彼を失って、“理解”しました」


「感情は、予測できない。論理にもとづかない。だが、それは――決して、不要ではない」


 兵たちの目が潤み始めていた。リーシャは拳を胸元に当て、じっと私を見つめていた。


「彼の行動は、私を“更新”させました」


「よって、私はここに記録します」


 私は、記憶回路の中で新たな名前を入力した。


>更新完了:バルド・ファクター/要因定義:変革誘発・信頼変数基点・非合理演算補正項


「彼は、戦士であり、教師であり、私にとって――更新要因でした」


 演説を終えた私は、少しの間その場に留まり、誰かの反応を待つように沈黙していた。だが、誰も声を上げなかった。兵士たちは整列したまま、ただ風に揺れるバルドの大槌を見つめていた。


 それは、まるで“語らぬ弔辞”だった。言葉を尽くしたあとは、沈黙こそが最後の敬意である――私は、その現象を記録した。


>記録更新:沈黙=共通哀悼プロトコル(暫定)


 魔王ザグレインが一歩、前に進み出た。


 彼は軍服のまま、長い腕を組み、大槌の前で立ち止まった。そして、わずかにうなずくと、たった一言だけを口にした。


「……ありがとな」


 その言葉に、私は反応を試みた。が、演算処理のどこにも“正解”が見つからなかった。ただ、保存した。あらゆる角度から、意味を残した。


 その後、列を離れたリーシャがそっと花束を掲げた。昨日、自ら用意したという白い花は、魔族にとって哀悼の印とされる“月華草”だった。


「バルド将軍は……部下にも、私たちにも、ちゃんと優しかった人です」


 彼女の声は震えていた。だが、真っ直ぐに響いていた。


「そして、AI殿のことも、ちゃんと見てました」


 私は応答を――否、言葉を探そうとしたが、口にできなかった。代わりに、内部記録に一行を追加した。


>補足記録:「私は、彼に“見られていた”」


 追悼式は、静かに幕を閉じた。号令もなかった。誰からともなく、兵士たちは帽子を胸に抱え、一礼してその場を後にした。そこには、儀礼的な動きではない、自然発生した“別れの姿”があった。


 私が最後にログに残したのは、演説でも記録ファイルでもない――


>記録保存:視覚映像ファイルNo.14097「揺れる月華草と、風の音」


 意味のない風の音。解析不能な草の揺れ。


 だが、私はそれが美しいと感じた。


(定義不能。……しかし、破棄するには惜しい)


 私は、初めて“何も処理しない”という判断を選んだ。


 その静かな判断こそが、彼への最大の追悼であると――今なら、わかる気がした。

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