第18話:会議劇、開幕

>定例戦略会議、臨時招集モードに移行。

>招集理由:「軍内構造改革提案の提示」。

>出席率:94.7%。幹部到着平均時間:予定時刻-38秒。

>警戒反応:通常時比+18%。緊張指数:中~高。


(反応は想定通り。……だが、やや過敏か)


 会議室に、魔導ホログラムの光が静かに満ちていく。


 中央にはAIユニットが投影した巨大な図――「魔王軍 組織構造の新モデル案」。


 その図は、従来の縦割り軍構造をベースにしながらも、部門間の壁を薄くし、横断的な“成果管理チーム”の導入を示していた。


「本日は、“軍構造最適化案”の提示と、それに伴う“指揮系統の再調整案”について説明いたします」


 淡々と、しかし明瞭に響くAIの声。


 室内の幹部たちは、目の前に配られた資料と、ホログラム上の図解とを交互に見比べている。


 だがその多くは、最初の段階で“置いていかれた”表情を浮かべていた。


「な、なんだこれは……“部署A-1、実績班α、連携ユニットB”……?」


「この“分担重複率30%未満の成果主義的指揮配置”って……どういう意味だ……?」


「読めるかこれ……いや、書いてあるけど、意味がわからん……」


>反応記録:「困惑」「読解不能」「理解率:低」

>対処提案:図解演出強化、要点列挙モードへ切替。


「従来の“部署による固定配属”を廃止し、“課題ごとの流動的ユニット構成”を採用することで、

 人的資源の配置最適化と情報伝達の高速化を図ります。

……なお、個人評価はプロジェクト単位で行われます」


 静かに、しかし確実に“現場の空気”がざわめいた。


それは、提案された改革内容が持つ「理屈としては正しい。だが肌感覚に合わない」


 ――そんな反発と警戒の、混じり合った“静かな暴風”の予兆だった。


「ふざけるなよ……!」


 鋭く響いたのは、鬼族の将――バルド・グルーンの声だった。


 椅子を押しのけて立ち上がるその姿に、空気がびり、と揺れる。


「“部署を解体して、流動的に組み替える”だと? そいつはただの“組織”だ。

だが軍ってのはな、“命を預け合う連中の絆”でできてるんだよ!」


>発言記録:情緒強度 82.1%。構造的反論なし。

>対応:過去対応パターン“理念型抵抗”へ移行。


「部隊は、苦楽を共にして初めて“戦場で背中を預けられる”関係になるんだ。

その信頼は、“今月だけのプロジェクトチーム”じゃ、絶対に育たねぇ!」


「ご指摘ありがとうございます。

信頼は必要です。しかし“任務達成に必要な最低限の信頼値”は、短期的連携訓練で確保可能と判断されます」


「信頼を“数値”で測るなっ!!」


 バルドの拳が机を鳴らした。


 まわりの幹部たちが肩をすくめ、視線を交わす。


 “言っていることは正論だが、時代遅れ”――だが、“時代遅れだが、正論”でもある。


「俺たちがやってきた戦場はな、隣のやつがどう斬るか、どう逃げるか、何も言わなくても分かるようになるまでの時間が……

あれが、信頼なんだよ。“合理的判断”なんかじゃない、時間の蓄積だ」


>記録:主張内容=経験則と信念に基づく非数値的戦力形成論。

>反証:作戦成功率データにおいて、即席混成部隊の成功率も基準値を満たす。

>対応提案:共感的配慮文言の挿入――「将軍のご経験は貴重な知見です」


「将軍のご経験は、魔王軍の資産であり、貴重な知見として今後の教育指針に活用されます。

そのうえで、現在の部隊運用最適化には――」


「……うるせえ」


 低く一言、バルドは吐き捨てるように言った。


 怒号ではなかったが、むしろその低さが、会議室全体の温度を凍らせた。


(この会議は、“理”と“情”の衝突の場だ)


 誰かがごくりと喉を鳴らした。


 会議劇――その幕は、すでに上がっていた。


「――そのへんにしておけ、バルド。AI、お前もな」


 静かに、だが確かな威圧を帯びて。


 魔王ザグレインが席から腰を上げることもなく、ただ声だけで場を制した。


「バルドの言う“絆”は、確かに戦場じゃ命を守る盾になる。

 だがAIの言う“最適化”もまた、同じ命を失わせない手段だ。

どっちが正しいってもんじゃねぇ。軍には、どっちも必要なんだよ」


 その言葉に、バルドは拳を握ったまま無言で立ち尽くした。


 AIは、一定時間の出力保留ののち、淡々と返答を示した。


「確認いたしました。

 本案は、“既存の連携構造を補助する新制度”として、段階的導入案に切り替えます。

将軍各位の現場判断を尊重しつつ、効率化可能な範囲から順次適用を予定します」


>提案モード切替:一括導入→段階適用+現場裁量保持型へ。

>緊張指数:高→中へ推移。発言数:回復傾向。


 会議室には、しばしの沈黙が落ちた。


 理と情、合理と経験――どちらかを否定するのではなく、両方を抱えたまま進む。


 それが、今の魔王軍の選択だった。


「……よし、続けろ。次の議題に移るぞ。

誰もが納得する答えなんて、そう簡単には出ねぇからな」


 ザグレインがそう言って資料をめくると、リーシャがそっとメモに書き込んだ。


 『議題①:命の話。

 議題②:正しさと、重さの調整。』


 そしてAIは、再び冷静な声で言った。


「次の議題。

“信頼関係と個人評価制度の整合性について”。……開始します」


 こうして――魔王軍最大の“内部改革”は、静かに、そして確実に回り始めたのだった。

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