第十九話 文明の利器の

 暑い! 暑い暑い暑い!


 まだ初夏だというのに異常気象が続く近年の日本の夏より暑い。しかも気温だけではなく湿度も高いときたもんだ。この不快さはエアコンのある生活に慣れた俺にはめちゃくちゃ厳しかった。


 コレッタたちも、あのエルンストでさえこの暑さには敵わないようだ。こうなればもう魔法で何とかするしかないっしょ。そこでまず試したのは氷魔法。しかしこれはダメだった。多少室温は下がったもののすぐに溶けてびしょびしょ。湿度も爆上がりだったのである。


 次に風魔法。熱風が吹くだけだった。仕方ない。本気出すか。


 俺は冷風を吹き出し、除湿も可能な現代のエアコンをイメージした魔法を練り上げた。それを山ほどあるラウドスネークの死体から取り出した魔石に込め、一般的な電子レンジほどの大きさの木の箱をつくって中に入れる。オンオフは本体から魔力導線を伸ばし、先端に魔力供給用の魔石をはめ込んで制御だ。魔力を流す度にオンオフが切り替わるスイッチとなる。


 魔力供給用の魔石は一般に市販されており、様々な魔道具の動力源として活用されているものだ。価額も持ちによる以外の違いはなく、安価なので手に入れやすい。


 成功した。室温はみるみる下がり、湿度も下がって快適さが訪れる。訪れた。寒くなった。異常に寒い。だーっ! 寒すぎだ!


 これはサーモスタット、温度を自動的に調整する機能が必要である。改めて現代の文明の利器の凄さを実感したよ。


 紆余曲折を経てようやく魔石を二つ使い、温度調整に除湿機能付き、魔石駆動のエアコン木箱が完成したのである。温度はスイッチの部分にあるスライダーで調整。ちなみに除湿した際の排水はホースで室外に出すしかなく、こればかりは他に手立てがなかった。


「涼しいです、旦那様!」

「お館様、これは凄いです! もう外に出たくありません!」


「こんなものを作ってしまわれるとは、若様には驚かされますな」

「私たちの家にまでこのような物を置いて頂けるとは思いませんでした」


 エアコン木箱は各拠点の家屋敷はもちろん、庭師の老夫婦が住む家にも設置し大好評だった。


「そうだ旦那様、これをカタリーナ様のグライムスの館にも設置してあげられないでしょうか。毎年夏はカタリーナ様も奴隷も暑さで参ってしまうのです」


 コレッタは優しいなあ。もちろん彼女の頼みなら叶えない理由がない。早速カタリーナの許に行き、エアコン木箱を設置した。当然感激したカタリーナは俺を無理やり引き留めて一晩中楽しませてくれたよ。このところご無沙汰だったからな。しかしエアコン木箱のお陰で互いに汗だくにならずに済んだ。


 その数日後、商業ギルドからシグブリットと名乗る商品開発部門長が第一拠点の屋敷にやってきた。俺はギルバートからの念話で知らされ、ひとまず会ってみることにする。シグブリットは妙齢の女性だった。


「この度はお忙しい中をお時間頂き、心より感謝致します。それにしても本当に涼しいですね。外の暑さが嘘のようです」


「用件はエアコン木箱のことかな?」

「えあこん木箱、そのような名前なのですね」

「まあ俺がそう呼んでるだけだがな」


「開発者様の命名は尊重されるべきだと考えております」

「どこでこれの存在を?」


「当ギルドの職員が奴隷商グライムスの館を訪れた時に聞いてきました」

「そうか。で、これを売ってくれと?」


「それもそうなのですが、単純に売るのではなく商品として登録されてはいかがですか、というお話です」

「登録?」


「このような優れた商品はいずれ模倣されます。そうなった時に対応出来るように我が商業ギルドに登録されてはどうかとのご提案なのです」


 要するに特許を取れってことかな。簡単に模倣は出来ないと思うが。


「しかしエアコン木箱は俺の家屋敷と奴隷商のグライムス館にしか設置していない。うちの屋敷から盗むのは不可能なので奪うならグライムスの館からしかないがまず不可能だろう」

「レン・イチジョウ様、この国の貴族様の横暴を侮ってはなりません」


 彼女、シグブリットによるとエアコン木箱の利権を勝ち取るためなら、俺の身内であるコレッタたちでさえ捕らえたり拷問したりすることも考えられるとのことだった。そしてこのエアコン木箱は、自国はおろか他国に対しても様々な面でアドバンテージを発揮する可能性を秘めていると言う。


「政務や公務にて暑さ、特に汗を気にせずともよいのです。このような画期的な製品は……」

「あー、分かった分かった。商業ギルドに登録すればいいんだろ?」

「あ、ありがとうございます!」


「言っておくがこれの製法を公開するつもりはない。つまり俺にしか作れない物だ。それはいいか?」

「製法は明かして頂けないのですね」


「明かしたところで複製は無理だろうからな」

「で、では製法を!」

「公開しないと言ったはずだ」


 木箱の中の魔石に込められた魔法は俺のオリジナルだから、解析しても複製は簡単ではないだろう。とは言えいずれは解き明かされるかも知れない。だから俺は拠点に設置してある物以外は、木箱をこじ開けた時点で魔石が消滅するトラップを仕掛けることにした。消滅した魔石は俺の手元に転移してくる。


 俺が死んだらどうするのかって? その時は魔石は消滅しないから好きに解析するがいいさ。もっともそれよりも前に他のやり方で類似品が作られるのではないかと俺は思っている。


 シグブリットに登録の手続きを頼むと、見本を受け取った彼女は喜び勇んで屋敷を後にした。今日中には登録が完了するそうだ。ちなみに見本といっても製品と何ら変わりはない。排水ホースなどを付けて設置すればそのまま使用可能な物だ。商業ギルドで使うと言っていた。


 ところでエアコン木箱に使った魔石はラウドスネークから取り出した物だからかなり大きい。出力はカタリーナの奴隷商グライムスの館全体を冷やすことが可能なほどである。


 つまり俺の第一拠点の屋敷などにはオーバースペックということだ。まして個々の部屋に設置となると、軽自動車に十トントラックのエンジンを積むようなものである。


 ならばもっと小さな魔石で作ってみるか。確かイートン(豚の魔物)の魔石がいくつかあったはず。それで温度調節機能付き冷風発生用の魔石と除湿用の魔石を作る。改めてエアコン木箱に組み込むと、十二畳くらいの部屋なら十分に冷やせる物が出来上がった。


 大きさは非常にコンパクトで、最初の電子レンジサイズに比べてボックスティッシュくらいしかない。


 早速第二拠点の屋敷で俺が使う部屋に設置するとすぐに快適空間となった。これで寝苦しい夜からも解放されるだろう。とりあえず各部屋の分は何とかなったが、イートンクラスの魔石が足りない。


「冒険者ギルドで買えるのかな」

「魔石なら生活ギルドですね」


 老夫婦が教えてくれた。そんなわけで早速第一拠点に瞬間移動し、生活ギルドを訪れる。イートンの魔石は思いの外安く売られていた。養殖されているので魔石もあり余っているのだろう。ひとまず百個購入し、もう一つの目的を果たすことにした。


 魔力供給用のスイッチ部分と排水用のホースを作ってもらえる工房を探すため、俺は空の木箱を持ち込んでいたのだ。俺でなくても作れるものは出来る限り外注することにしたのである。どうせなら購入者宅への設置も頼んでしまおう。


 工房は商業ギルドに探させればいいか。これで少しくらいは経済の発展に貢献出来ると思う。

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