クセになる匂いですわね。

村の中の7割程の世帯には子供がいる。その子供らに1人では食べきれない量のケーキを渡した。さらにご近所にも配りなさいと言っておいていた。氷魔法が施された保冷庫と呼ばれるものが全ての家庭にあるわけではない。


日持ちをしないケーキとなれば、多くの村人が朝食にケーキを口にしていた。そのおかげで、村中を顔面蒼白の状態で見回っていた村長の顔色が戻るのはわりと早かった。


「どれどれ。それなり上手く倒せていると思うけど⋯⋯」


地面に転がる毒蛾の死体。ツナギは腰に下げていたポーチから小さいながらも若干厚みのあるナイフと革の手袋を装着。額に当てていたゴーグルも目元まで下げた。


そして取り囲む子供達の視線を一身に集めながら手にしたナイフの先を毒蛾の頭部に押し当てる。虫の体を開いていく独特の乾いた音。


取り出したのは触覚。根元からくり抜くようにして引き抜いていく。先がこの村にはないようなおしゃれなお店のドリンクのストローのよう。


後は羽。これも毒蛾の身を裂くようにして、若干身が付いた状態で綺麗に取り出す。大ぶりかつ、痺れ粉が多く付着しているもの程高く買い取ってもらえる。


都合それを6組ずつ。それを逃げる際に放置された荷車に乗せてツナギは歩き出した。




「おめーら。ちゃんと手洗いうがいをしてベンキョーを再開しろよ。一応少しでも痺れとかがあったらセンセに治癒してもらえ。じゃあな〜!」


ショーはそう言い残して子供達の前から去っていく。残った毒蛾の死体は、土を被せればいい肥料になると近くにいた大人達に売りつけた。


助けてくれたお礼と旅立ちの選別として、少し多めに銅貨を貰いながら、彼はまた荷車を引いていく。


向かうは村外れにある、屋根に2本の煙突がある紫色の家。村長よりも唯一高齢である錬金術師のじいさんが住んでいる。


荷車に載せていた戦利品を抱えながらツナギは扉を開いた。


「たのもー!俺からのケーキはもう食したかね」


「おお、食うたぞ。3切れもな」


「大した食欲だ。それならこれを見てくれ」


ツナギは安心して倒した毒蛾達の素材を店の中に持ち込んだ。


この家特有の匂い。トカゲを蒸したような。でっかい湿布でも広げてあるような。何かの薬品を混ぜたような。


ともかくなんだかクセになるそんな匂いだった。


「ほほ、これはまた上手に倒したのう」


錬金術師の老人は、小さな面積のレンズである銀縁の眼鏡の中で目を凝らした。素材の傷の有無、粉や血の付着し具合。それを見れば、目の前の少年がどういう立ち回り方をしたがすぐに分かった。


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