つまり3日に1回は廊下まで聞こえてくるってわけ。
月もそれなりに高く昇る。夕暮れの中でもギラギラと目立つ春の1番星も西の山々の向こう側へ見えなくなると、ちょうど日付が変わる頃にだ。
自分の生い立ちはある程度理解した。
年は16と1日。
人間も魔族も自立していく年齢。家業を継ぐにしても旅立つとしても。これからどうするのかを家族に伝えて明日を見据える儀式的な日だ。
まさか自分が勇者と魔王の間に生まれた子供だなんて言われるなんてもちろん微塵も考えていなかった。ところが、これからどうするかの考えとしてはあまり変化はなかった。
旅立つ理由が増えただけだったのだから。
「カイウス兄さん、イザベラ姉さん。今まで本当にお世話になりました。かけがえのない存在を亡くしながら、難しい事案を見事完遂しました。勇者と魔王の長男として、このご恩は一生忘れません。
この俺、ツナギは世界を回る旅に出ようと思います。この大陸民的大人気カードゲーム、黄金世代のモデルの方々に直筆サインを頂いて回る旅に!ああ、この日をどれだけ夢見たことか!
彼は立ち上がり、天井を見上げる。これまでコレクションしてきたカードを収めたアルバムを胸に抱きながらそう2人に宣言したのだ。
しかし2人の反応は冷ややか。
「そんなクソカードゲームを未だにやっているのは、ぼっちゃんとナキ様くらいですよ」
「いい加減子供じみた遊びはお止め下さい。旅はそんな甘いものではありませんよ」
カードをコレクションし始めて、10年。事あるごとに黄金世代というカードゲームの素晴らしさをツナギは2人に豪語して来た。だが、イライラウンザリされ、掃除の手伝いを命令されたり、おやつを減らされるのがオチ。
明日旅立ちを迎える最後の夜でさえ、クソ呼ばわりである。だが、ツナギはめげない。きっと町や都市部に行けば、自分のような黄金世代ゲーマーがいるはずだと、そんな希望を抱いているからだ。
最後にツナギは気持ちを切り替えるように咳払いを1つした。
「ですからお二人はこれから⋯⋯俺の目を気にせず、好きにイチャイチャラブラブなさって下さい。
それが俺がここを旅立つ最大の理由になるでしょう」
「「ど、どど、どうして私達のことを!!?」」
「どうしてって⋯⋯。バレバレだっての」
動揺した2人はそう言葉が重なった。 ツナギにとっては、カードの件など可愛く感じる程、心底ウンザリするくらいの仲睦まじっぷりであった。
「あっ、そうだ。真相告白返しというわけでないけど、俺にも2人に伝えなきゃいけないことがあったんだった」
正直、完全に忘れていた。何せ何年も前の出来事だったから。
クッキーを1枚頬張りつつ、ツナギはソファーから立ち上がる。そしてそのまま、なんだろうと顔を見合わせる2人を置き去りにするようにして応接間を出た。
手をいっぱいに伸ばしても端から端まで届かない立派か階段を上がり、彼は2階の自室へ向かった。
歩みを進める中で、ツナギは頭の中で事の状況を整理しようと実は必死だった。
何故なら、アナスタシア。母親だったその若きキャラバンリーダーは彼の憧れだったのだ。
カイウスにもイザベラにも存在を隠していた秘密のチェスト。そこには、3つの大切なものをしまっていた。
本棚の奥板を外したさらに向こう。表からは見えない位置にあるピンを4つ引き抜くと壁紙が剥がれ、また板が出てくる。そこに専用の細いヘラ状の金属を差し込み取り外す。すると見える30センチ四方程の小さな空間。
そこにピッタリと収まる小さなチェスト。
その上蓋の手前辺り。そこに数秒間右手の人差し指を当て続けると、チェストはひとりでに開く。
その中にあるのはきれいに折り畳まれたとあるサイン入りのユニフォームシャツ。青いカードアルバム。そしてある人物達から託されし貴金属。
それらが今の彼の宝物のようだ。
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