彼は最後に何を思ったか。

人間界、魔界問わず、マグニフィザンテ大陸全土に広がっている信仰の若きシンボルでもあったソプーロス。いつになく真面目な表情の中から語られた言葉。それであれば、死闘の末に勇者と魔王は相討ちとなり、共に滅びたという結末に大陸中の誰1人として疑う者はいなかった。


後は隠す。


カイウスとイザベラの決死の行動。双方の陣営にこの事がバレたりでもすれば、極刑は免れない。


王国所属のキャラバンとしては、大陸随一の規模を誇っていたアナスタシアの一行。そこで幾年か大将の元で小間使いをしていたカイウスには、ある程度信頼と秘密が約束出来るツテがあった。



それが晩年はワタ村に住み着いていた老いた医者の男だった。長い白ひげと見事なまでに磨き上げられたスキンヘッド。辺境の村に身を隠すような腕の悪さではなかった。しかし、治療の難しい病魔に犯された貴族の少年を救う事が出来ず、その家柄の輩に命を狙われた。


借り馬車毎火を付けられ、谷底へと突き落とされた。その時、とある任務で潜伏していたアナスタシアキャラバンの魔術師の浮遊術がなければ生きてはいなかった。


そんな縁で出会った老医者は、しばらく行動を共にし、近くのワタ村へと送り届けられた。

そして名を変え、髭を剃り、カツラを被って、辺境に住まう物好きな村医者として生きていたのであった。


何人もの手を渡り、1通の手紙と布に包まれた赤子を送りつけられるまでは。



誰にも素性を知られてはいけない哀しき赤子。その小さな命を老医者は自分自身と重ね合わせた。


2つの危険因子を抱えたままでは村に危険が及ぶかもしれない。不便ではあるが、廃墟同然だった森奥の屋敷を買い取り、さらに静かな環境で暮らした。


数カ月後、カイウスとイザベラが同じ日に訊ねて来るまで。そしてその赤子が4つになった頃。老医者は役目を終えた事を悟り、3人に見守られながら静かに息を引き取った。


「そうか。あのじいさんはお医者さんだったのか」


ツナギの中にあった小さく朧げな記憶。いつも陽当たりの悪い部屋で古い書物を読み耽っている謎のじいさん。しかし、ちょっとした怪我をした時に連れられて見てもらうとすぐに治ったような記憶があった。


熱湯を被って火傷をしたり、大きな蜂に刺されて、ボールを埋め込んだくらいに腫れてしまった時も。その老医者が持っていた薬を塗ればすぐに良くなった。


それ以外では、変な味の飴玉をくれるくらいの記憶しかなかったが。そういえばそれを舐めていた時は、冬場に1日中山を駆け回っていても喉がずっと潤っていた事にもようやく合点がいった。


「その貴族の行いが罰せられ、正式に国から無罪放免を言い渡されても、ジェイコフ様はずっとこのお屋敷にいらっしゃいました。私やカイウスにたくさんの助言を下さいましたね」

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