片鱗ですわね。

小さく暴走した魔力によって突風に吹き上げられた枯れ葉のように舞ったカップをツナギが回収を試みた。右へ左へ、最後は天井に向かって。見事な運動能力と反射神経を見せて、全て割らずに手中に収めて見せた。


最後の着地はテーブルの上になってしまったが、目の前の2人に叱られることはなかった。


3つ分のカップの持ち手をなんとか指に絡ませることで陶器の救い手となったツナギ。それらを魔力が収まり、若干安全になったテーブルの上に置く。


そして1つ息を吐いて落ち着きを取り戻しながら、少し冷めたハーブティーを飲みつつ、メイド長の頭を眺める。


それだけ見れば、ローストビーフの材料になった凶暴牛と違いない。


「毎日のように魔術を指南してもらっている身。イザベラ姉さんの魔力の高さや魔術の錬度の高さは、あなたが魔族だったからですか」


「そうですね。しかし、私が魔術師としてが芽が出たのは、魔王様の側にお仕えするようになってからです。それまでは、戦火から逃れるだけで精一杯でした。たまたまその場に居合わせただけの存在達を無理にでも、友や仲間と呼び、1つのパンや缶詰を分け合いながらなんとか生き長らえていました。


そんな時でした。とある小さな町の廃墟に身を隠していたわたくしが、魔王として目覚めたばかりのセードリアン様と出会ったのは」


長年に渡る人間達との戦争で失われる国力。それは結果勝利した国王軍。人間達やその他の種族も同じではあったが。


都市部、閑散部問わず、若い者、体力がある者、武器を手に出来る者は例外なく戦いに駆り出された。何処に行っても幼い者、老いた者は朝から晩までひたすらに働くしかなかった。


水、食料、日用・医療品。足りている物が上がらない程に、負け戦が見えている惨状では、魔族達は疲弊し、生きる希望を失っていた。


それでも魔王セードリアンはひたむきに働いた。今日、魔城に勇者一行が来ないことを今日討ち滅ぼされることはないことを部下に何度も確認させた。明日があると分かれば、トーストを1枚だけ口にしてすぐに城を飛び出した。


闇より深い深淵の宝玉を携えた杖を持ち、魔界の全てすらを包み込んでしまいそうなマントを羽織った。


そして飛んだ。魔族がひとたび浴びれば活力が漲るとされる魔力を降り注がせながら。


たまには手懐けたドラゴンの背中に乗って楽をしながら、魔界の各地を回った。そして戦地への指示を出しつつ各地の復興にも尽力した。



何度も前線に赴き、苦楽を共にした仲間や部下達と戦おうとした。


しかし、口を揃えていつもこう言われた。



「魔王様は非常に弱いのですから、決して戦いに出ないで下さい」と。

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