落ち着いて下さいませ。

「アカデミーに通うことも出来なかった私は、冒険者として旅に出る資格がありません。


数日後、暴動を収めたアナスタシア様のキャラバンが街の広場で住民達に惜しまれながら出立しようとした時。私は彼女の目の前に飛び出しました。


あなた様の家来にしてくれと。何でもしますから、お仲間に入れて下さいと。地面に額を打ち付けながら懇願しました。そんな私の姿を見てアナスタシア様は⋯⋯」




「あなた、なかなかの策士ね。気にいったわ」


兄貴分であるカイウスが説明する前、きっとそう言ったのだろうと、ツナギは分かってしまっていた。街を救った英雄御一行が大勢の人々に囲まれている中で、そんな少年を無下に出来ようか。


その少年を止め、代わりに謝る親兄弟も見当たらない。アナスタシアがタオルでも巻いてからと考えていたら、消えていた命。


これは運命かと、キャラバンを率いる女勇者はそう考えただろうと、ツナギは容易く想像出来た。


「掃除、洗濯、調理の手伝い、見張り、小間使い、馬の世話や武具の手入れ。少しでも時間があれば、アナスタシアのご戦友の方々が剣の稽古をつけてくれたのが実に懐かしく感じます。私にとってはすべてが新鮮。教われ

るものは何でもやりました。アナスタシア様は、美しく、強いだけではなく、狡猾でもありました」


そう言ってから1度、何かを思い返すように、また一口ハーブティーを飲み、ゆっくりとカップをコースターにもどした。



「キャラバン共有の貴重品や宝石なんかを私に抱えさせて街中で転ばせる。善人な人々に紛れている盗賊を洗い出す私の得意技になっていました。途方に暮れながら日銭を稼ぐ為にその日を凌ぐのがやっとの私にとってキャラバンでの生活は実に充実しておりました。しかし、優秀な集団にはそれ相応の危険が付いて回るものなのです。


私が加入してからおよそ2年後。当時、国王圏随一の戦闘集団に成長していたアナスタシアキャラバンは、国王から魔王討伐を命令されたのです」


話がそこまでやって来た時、カイウスが言葉を詰まらせるようにして少しの間黙ってしまった。


一緒に用意された小さなクッキーはツナギが独り占めしているので、それを喉に詰まらせたわけではなさそうだ。


すると、カイウスの隣に座るイザベラが代わりに口を開いた。


「結果として、その舞台に我々が慕う気高き魔王様は討たれてしまったのです」


「イザベラ姉さん。頭から大層なお角が⋯⋯」


1人親方のメイド長。丁寧な話し方ではあった。


しかし、そのひとことがきっかけになってしまったのか。今更露わになった立派な角なんかどうでもよいくらいに思える彼女のボリューミーな胸中。その奥に秘められた思いが豪華で丈夫なテーブルを揺らしハーブティーが入ったカップがどこかへ飛んで行こうとした。


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