その一 昼下がりの出来事
「ごーるでん・ういーく!?」
桃香は目を輝かせて、祖父である洋司の話に耳を傾ける。
「かつてそのように休日が続いた週があったんじゃ。中でも『こどもの日』の光景は格別じゃったよ」
「こどもの日?」
「そう。皆で神輿を担いでな、歩きながら『わーっしょい!』と掛け声を出すんじゃ」
「『わーっしょい』ってなに?」
「さぁ、なんじゃろな?皆が一つになるような、魔法の言葉かもしれんよ」
「みんながひとつになっちゃうの?」
ほほっ!と笑って、洋司は桃香の小さな頭を撫でた。
「子供たち一人一人は小さくても、皆が力を合わせれば大きな物が動くもんじゃ。いいかい桃香、お前さんだってその主役の一人だぞい」
「しゅやく、しゅやく!」
そうして桃香は午前中、洋司と遊んで過ごした。
そのうち、いつもの遊び相手である八歳の真千子(まち姉)がやって来た。
真千子に両親はいない。両親ともアンデッドになり、解放戦線との戦いで死んでしまった。
彼女は現在、児童施設で暮らしている。が、セクター内において知り合いは家族も同然である。
二人は、「市場の近くで遊んでくる」と出かけた。
「夕方までには帰ってくんのよ。マチもね!」
桃香の母親である幸子が、屋上から二人の背中に声を掛ける。
「「はぁい!」」
調子の良い二人の返事。
祖母のみつ子は野菜を洗いながら、微笑ましく子供たちを見送った。
* * *
昼過ぎになって、真千子だけが息せき切って帰ってきた。
衣服は泥だらけ、頬や手足には擦り傷が付いていた。
玄関掃除をしていた洋司が飛び出して、真千子に駆け寄った。
「真千子や!どうした、大丈夫か!」
「おじぃ!桃ちゃんが……」
安堵したのか、真千子の頬を涙が伝う。
「ちょっと、マチ!先ずは傷の手当て!」
幸子はそう言って、家の中に連れて行く。
みつ子と幸子は二人して、真千子のワンピースを脱がし、傷口を綺麗に洗って、体を確認する。
「噛まれた後は無いようね」
「……ごめんなさい」
「いいさ、もう泣くのはおやめ。桃香に何があったか、ちゃんと話せるね?」
みつ子が、いささか低い声で訊ねる。
「違うの。桃ちゃんが……」
* * *
市場の隅には、子供たちのためのちょっとした空き地があった。
二人はそこで、お花屋さんごっこをして遊んでいた。
が、普段は別の遊び場にいる少年三人組が突然やって来たのだ。
背が高く赤キャップを被った子、体の大きな子、その二人は十歳くらい。
もう一人は桃香と同い年くらいで、色の白い小さな子だった。
先頭に立つ赤キャップの少年が、桃香たちに向かって叫ぶ。
「おうおう!今日からここは俺たちのもんだ!女子はお
「なによ!ここは私たちがいつも遊んでいる場所よ!」
真千子は立ち上がって追い返そうとする。
すると、大きな体の少年が、ずいと前に出て、
「オラたちも大人に遊び場を取られたんだど!なんでも演習とか言って、アンデッド撃退の訓練をし始めたど!仕方なく、新しい
「じゃあ勝手に遊んでいれば!?私たちを追いだす権利なんて、あんたたちにはない!」
腰に手を当て、真千子はそう叫び返す。その横で、桃香はじっと少年たちを睨む。
「おうおう!もうじき『タンゴの節句』だぜ!分かってんのか!?」
「タンゴ?踊りでも踊るってわけ?」
「違うど!五月五日、オラたち男の子が主役の日だど!」
太っちょはそう言うと、小さな男の子の方を向き、
「
「今日よりこの空き地に、新アジト設立を祝ってコイツを掲げるどぉ!」
竿の先に何やら黒っぽくて細長い旗が付いていた。そしてそれを、空き地の真ん中に突き立てる。
旗が揺らめきながら、風の中を泳ぐ。
「「男子、バンザァーイ!!!」」
赤キャップと太っちょが両手を高々と上げる
翔が、必死に二人を
「違うもん!」
今までじっと睨んでいた桃香が、怒りを露わにして叫んだ。
「しゅやくは子供たちだって、じいじが言ってたもん!」
「じいじ?タンゴの節句を知らねえってのか!お前の爺さん、きっとボケてるぜ!」
「ボケてないもん!」
きぃぃぃっ!と二つに結んだ髪の毛が、まるで逆立つかのような気迫!
男の子たちは一瞬だけ
「……生意気な小娘だぜ!おうおう、皆でボコしちまおうぜ!」
そう言って、翔を前に出した。
翔は憂いに帯びた眼差しで、二人を見つめ返す。
「いいから、せっちゃん(赤キャップ)の言うとおりにするどん!」
太っちょはポケットから何かを翔に手渡す。
乾いた泥団子だ。
赤キャップと太っちょも泥団子を両手に持ち、桃香に向かって、
「うてぇ!」
「桃ちゃん!危ない!」
真千子がとっさに桃香の前に出た。
そして、泥団子を全て受け止め、そのうちのいくつかが顔にあたり、
「うっ……」と言ってその場に倒れ伏してしまった。
「まち姉ちゃん!」
桃香の怒りは頂点に達し、
「やったな、卑怯者ぉ!」
そのまま勢いよく、少年たちに飛び込んでいった!
「桃ちゃん、ダメ!」
まち姉は慌てて止めようとするも、桃香の勢いは止まらない。
「ぎゃああああああっ!」
男子の悲痛な悲鳴が上がった。
小柄な桃香が背の高い赤キャップに飛びついて、耳に齧りついていた。
「いてぇって、やめろ!てめぇ病気持ちだったらどうすんだ!誰か、誰か助けてぇ!」
「お、お前!離れるどん!」
アンデッドの真似事である〈噛みつき〉は、セクター内に生きる人々にとって、冗談事では済まされない行為だった。
だが、桃香の目は燃えていた。
頭に血が上ると、まったく周りが見えなくなるようだった。
こうなった桃香は、疲れるまで止まらない。
この場を治めてくれるのは大人の手が必要だ。
「桃ちゃん!幸子さんを呼んでくる!」
桃ちゃんの怒りが治りますように……真千子はそう祈りながら、桃香がこれ以上問題を大きくしないように、急いで幸子の家まで走ったのであった。
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