第9話:選ばなければ、記録されない




朝、出勤すると、封筒が置いてあった。


白。無地。差出人不明。

なのに、どこか見覚えのある空気をまとっていた。


封を切る。

入っていたのは、短い文章がひとつ。


「君が見た“記録”は、本当に読んだものだったか?」


署名もない。

でも、筆跡と文体から確信した。

これは――紙魚からの“問い”だった。



レラに見せるつもりはなかった。

でも、彼女はすぐに気づいた。


「それ、再生紙ですね」

「しかも、旧東域。紙質が軋む音でわかります」

「彼らは、そういうのが雑なんです」


トウジは封筒をしまいながら、ふと思う。


「先輩は……紙魚のこと、知ってるんですね」


「知ってます」

「私はかつて、彼らの“記録員”でしたから」



静かな部屋に、言葉だけが落ちた。


「……記録員?」


「正確には、廃棄処理担当。

でも実際は、焚書直前の最終記録を担当していました」


「じゃあ、なぜ今ここに……」


「彼らが“記録することをやめた”からです」


レラの口調は変わらない。

けれど、目だけは少し濁っていた。



「紙魚は“性を取り戻す”って言ってた」

「それは違うんですか」


「違いません。でも、途中で変わりました」


「……どう変わったんですか」


「“抜けるかどうか”だけで、記録の価値を決めるようになった」

「見出しも、評価基準も、ランキングも。

人に読ませるために、記録を加工しはじめたんです」



「私たちの任務は、“残す”ことです。

読まれるためではなく、“失わないために”」


「でも……残すだけじゃ、誰にも届かないじゃないですか」


レラはしばらく黙っていた。

やがて、小さくつぶやく。


「あなたは……どちらの味方をしますか」


トウジは答えられなかった。



机の引き出しのなかで、封筒が微かに軋んだ音を立てた。


その音が、なぜか、息をのむような静けさを破った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る