ランタンに照らされた少女
まだ夜が明ける前。
街は静まり返っていた。
宿の窓には朝焼けすら差し込まず、薄闇が部屋を包んでいる。
コン、コン
ノックの音に、リリィは目を覚ました。
重く、間隔の空いた音。
(こんな時間に?)
身体を起こし、扉を開けると・
「……」
そこに立っていたのは、ミレイユだった。
けれど、いつもの彼女とは違った。
髪は乱れ、顔色は青白く何かに追いつめられているようだった。
「ミレイユ……?」
声をかけると、ミレイユはただ黙って頷いた。
リリィは咄嗟に身を構えそうになる。
(まさか……バレた?)
先日使用した、邪眼の閃光が脳裏をよぎる。
だが、ミレイユはただ俯いたまま、力なく立ち尽くしていた。
その姿に、リリィの警戒が解ける。
「中に入る?」
こくり、と小さく頷いて、ミレイユは部屋に入った。
彼女が持ってきたランタンをテーブルに置き。
2人椅子に腰かけると、長い沈黙が落ちた。
「ねえ、覚えてる?」
俯いたままのミレイユがぽつりと呟く。
「攻撃魔法を初めて覚えた日、試しに使ってみたくて、無理やり貴女をダンジョンに引っ張って」
「うん、すぐに魔力切れになって、逃げ帰った」
「……ふふ、そうだった」
ミレイユの声が震える。
けれど、止まらなかった。
「あのあとさ、2人でお菓子食べに行ったよね、すっごく高かったのに、あんた『今日は特別だから』って、全部おごってくれて」
「覚えてるよ、あの店、もうなくなっちゃったんだよね」
「そう……そうだよね」
彼女声は、まるで泣いているかのように必死で。
「それから、あのお菓子作ろうって言ってさ、材料、買い込んで……失敗して、台所めちゃくちゃにしたんだよね」
「小麦粉まみれになって、2人で大笑いした」
「うん……そう、そうだった」
ミレイユは、しばらく言葉を止めた。
そして。
テーブルの上のランタンを、静かに灯した。
ぱち、と小さな火が灯り、部屋の中に2つの影が落ちた。
ミレイユの影は、人間の少女そのものだった。
けれど、リリィの影は。
壁に届くほどに大きく膨れ上がり。
細長い首、鋭く裂けた口、広がる翼のような背。
それは、火竜の影だった。
リリィの顔から、血の気が引いた。
「……あ」
ミレイユは、顔を伏せたまま。
「やっぱり、そうなんだ」
その呟きと同時に、雷光がはじけた。
「──ッ!」
リリィの身体に、電撃が走る。
痛みと衝撃が一気に押し寄せ、背中ごと窓を突き破った。
割れたガラスが空に舞い、冷気が吹き抜ける。
夜明け前の通りへと、リリィの身体が落ちる。
痺れる手足。うまく息ができない。
地面に横たわる意識の端に。
ふわり、と浮かんだ影があった。
ミレイユだ。
スカートの裾が、風に揺れている。
「この偽物め」
彼女はそう言い放ち、再び魔力を練る。
「待っ」
言葉を言い切る前に、二撃目の電撃が直撃した。
リリィの意識が、闇に飲まれる。
気を失ったリリィの髪をつかみ、ミレイユはずるずると引きずる。
顔は涙と汗に濡れ、目は焦点を結ばず、口元だけが呪文のように動いていた。
「大丈夫……大丈夫……絶対に……もとに戻してあげるから……」
人気のない路地を抜け、朝の光がまだ届かぬ街の片隅へ。
彼女が向かうのは、自らの研究室。
静かな魔道具と文献に満ちた、誰にも邪魔されない場所。
その先にあるのは、希望か、破滅か。
それはまだ、誰にもわからなかった。
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