魔法使いの少女

地上へと戻ったリリィたちを、歓声が出迎えた。


「リュミエール様!」


「火竜を討った英雄が、今度は『嘆きの樹アムリエル』まで!」


街の門前には人だかりができ、老若男女が押し寄せる。

民衆だけではない。街に滞在していた冒険者たちも、熱狂の輪に加わっていた。


「すごいな」


ヴァルトが苦笑し、エルナが無言で手を振った。

リリィも、リュミエールの顔を崩さぬよう笑顔を作った。

街を救った英雄として、彼女たちはもてはやされていた。


だが。


その喧騒の中で、ただ一人。

ミレイユだけは、晴れやかな顔をしていなかった。

胸の内を重くするのは、忘れようにも忘れられない、あの光景だった。


リュミエールの瞳に宿った、邪悪な光。

戦闘の最中、確かに見た。

人間が持つはずのない、禍々しい力。


(あれは……火竜が持っていた力……)


ミレイユの心は、冷たい不安で締め付けられた。


(リュミエールが……火竜に……?)


そんなはずはない。

いや、そんなはずがあってはならない。


ミレイユは、決して口には出せなかった。

怖かった。

問い詰める勇気なんて、なかった。


だから。


彼女は一人、喧騒から離れ、夜の街を歩いた。

辿り着いたのは、魔法ギルドの図書館。

明かりも落とされた室内に忍び込み、ミレイユは文献を手に取った。

夜通し、ページをめくる。


『人間の肉体に宿る魔眼──例なし』


『魔物に取り憑かれた者は、魔物の能力を一部使用する例あり』


『初期であれば聖水による浄化可能。長期間の場合、人格融合、もしくは消失』


淡々と記された文字たちが、刃のように胸を抉る。


(──そんなの、嫌だ)


震える指先でページをめくりながら、ミレイユは涙を堪えた。

リュミエールがいなくなるなんて、考えたくもなかった。

文献の端に、かすれた字で続きが記されていた。


『取り憑かれた者を見破る魔道具の作成法』


ミレイユは、震える指先を止めた。


(……大丈夫)


きっと、ただの気のせいだ。

リュミエールなら、きっと笑って許してくれる。

そう信じたい。


その想いの裏には、消せない記憶があった。


かつて、自分は絶望の中にいた。


違法な奴隷商に囚われ、鎖につながれ、値踏みされる日々。

人間扱いなどされなかった。

名前すら奪われ、ただ物のように、売り買いされるだけの存在だった。


ある日、その市場に彼女は現れた。

銀の髪を靡かせ、真っ直ぐな瞳で。


リュミエールは、言葉も交わさず、躊躇いもなく。

奴隷商の護衛を打ち倒し、鎖を砕き、自分を救い出してくれた。

罪なき者を、犠牲にするなと叫びながら。


あの瞬間、ミレイユにとって、彼女は英雄だった。

何も持たなかった自分を、ただの憐れみではなく、

「仲間」として受け入れてくれた。


一緒に住み、学び、未来を語ってくれた。

生まれて初めて、誰かを心から信じたいと思った。


(リュミエールは、私のすべてなんだ)


失いたくない。

どんなことがあっても。


ミレイユは、机に散らばった文献をかき集め、魔道具作成の準備に取り掛かった。


これは、ただの確認。

きっと、大丈夫。


自分に言い聞かせるように。

彼女は、夜のギルドを後にする。














静まり返った図書室の床。

その片隅に、ぽつりと落ちた一本の細い蔓。


それは、誰にも気づかれず、ぐねぐねとうねり。

ゆっくりと床に根を下ろし始めていた。

静かに、静かに。

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