第一章02 大聖女エラヴァンシー(何が違うというんだ?)

 ぐっとエラヴァンシーの背が伸びたかと思うと、雰囲気が変わった。


「――そなたに大聖女エラヴァンシーから第一の課題を与える」


 貫禄ある声で言葉を紡ぎ、真っ白な封筒を差し出す大聖女エラヴァンシー。自然とロズアトリスも背筋を伸ばし、両手で封筒を受け取った。


「ありがたく頂戴いたします」


「この課題をこなすもこなさないもそなたの自由だ。みなはそなたのすべてを見ている」


 力強く頷くと、エラヴァンシーも頷いた。


「そして、もう一つ。そなたのために【予言】から助言を言い渡す。『最後まで諦めず信じる者に必ずや光が差す』」


 これがエラヴァンシーの最も言いたかったことだろうとロズアトリスは瞬時に理解した。


 大聖女エラヴァンシーは聖人特有の聖なる力である【聖力】だけでなく、魔を宿す特別な力【魔力】より【予言】を発現させた聖女。名付けの通り厄災や吉兆、時には特定の人物の未来を予言し、的中させてきたエラヴァンシーは、その力と彼女の美しく強靭な精神のおかげで六十年もの間、大聖女の座に君臨し続けた。


 その席が空くのだ。千年以上続いている歴史の一部となる重圧よりも、この大聖女の後任となることの責任の方が重いような気がしてならない。


「――しっかりと、心得ました」


 手紙を祈るように握りしめて言うと、エラヴァンシーは途端に優しい表情をして、強張ったロズアトリスの手を優しく覆うのだった。


「いい? ローズ。貴方は独りではないわ。必ず貴方を助けてくれる人がいる。良くも悪くもね。それをちゃんと見極めるのよ」


「はい。大聖女様が褒めてくださったこの目を大切にします」


 ロズアトリスは頭に被ったヴェールを取り払った。


 鮮やかなマゼンダの瞳。ロズアトリスは【魔力】より瞳由来の【導き】の力を持つ。


「本当、とても綺麗な目だわ」


 心の底からうっとりと呟かれて、ロズアトリスは子どものようにはにかんだ。


「それじゃぁローズ。その目で私を『視て』くれるかしら?」


 ロズアトリスの顔から笑みが消えた。『視て』というのは、ロズアトリスの【導き】の力を使って欲しいということである。


「どうして」


「お願い聖女様」


 これは断れない。聖女の呼び名を出されたとき、ロズアトリスは己の気持ちではなく一般的な良心に従って他人のために尽くすことに決めている。


「……かしこまりました」


 渋々了承して、ロズアトリスは【導き】の力を発動した。マゼンダの瞳が煌めき、揺らいだロズアトリスの視界に黄金の砂時計が現れる。


 エラヴァンシーの胸の前。黄金の砂時計の砂はさらさらと落ち続けていて、下部にたくさんの砂が溜まっており、上部の砂はすべて落ちかかっていた。目の奥から涙が込み上がってきて、ロズアトリスは頭を振って視界から砂時計を払った。


「どうだった? 私の命、四年はもちそうかしら?」


 ぐっと奥歯を噛んで涙を呑み込んでから、震える唇を開く。


「はい。このままなら、おそらく。けれど人の死期は突然変わります。油断せずに日々をお過ごしください」


「少なくともいま死ぬわけではないと分かって安心したわ。ありがとう【導き】の聖女ロズアトリス。その力を遺憾なく発揮して、たくさんの人々を救うのですよ」


「もちろんです大聖女様」


 聖女ロズアトリスの【導き】の力は生き物の生命力と死期を視る力。砂時計が生き物の生命力を表し、一日の間に死期が迫っていれば砂時計ではなく懐中時計が見える。かつて死神だと言われたこの力を【導き】という名に変えてくれたのは大聖女エラヴァンシーだ。


 ロズアトリスはエラヴァンシーに貰った【導き】という名に恥じぬよう、力を使うことを宣言する。


「大聖女様に認めていただいたこの力で、大聖女様にいただいたご恩を民に還していきます」


「う~ん。そうじゃぁないんだけどねぇ」


 せっかく偉大な大聖女エラヴァンシーの後継として努力を怠らないという決意を述べたのに、エラヴァンシーは困った顔をした。


(何が違うというんだ?)


 エラヴァンシーが何故「そうではない」と言うのか分からないロズアトリスは、首を傾げるのだった。

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