第一章01 大聖女エラヴァンシー(ついに来たか)
豊穣を司り、慈悲深い女神を主神とする聖教会の息づく聖レピュセーズ帝国。その王都で最も古く格式高いルドルダ大聖堂に、二人の少女が呼び寄せられた。
二人の少女――【聖力】を自在に操る聖女は、ルドルダ大聖堂の首座たる大聖女が執務する聖女座の前に立ち、巨大な玉座に悠然と君臨する大聖女に対峙していた。
聖女座に座すのは、金の宝冠を被り、身の丈ほどの金の権杖を携え、白い祭服を纏った白髪の老女だ。しかして百トンを超えるブロンズが使用された重厚な玉座に劣らぬ重々しい威厳を放つ姿は、老女のそれではない。
この人こそ【予言】の大聖女エラヴァンシーである。
「【無限】の聖女シャルルリエル。【導き】の聖女ロズアトリス。そなたたちを呼んだのは、次代大聖女選定の開始を告げるためである」
――ついに、来たか。
頭の上から叩きつけるように降ってきた厳かな声に、【導き】の聖女ロズアトリスはすらりと長い手足を折って礼をした。顎に沿って切り揃えた一縷の乱れも無いミルキーブルーの髪が滑るのに合わせて、頭から頬まで被ったフリルのついた繊細なレースのヴェールがついてくる。
その隣で【無限】の聖女シャルルリエルはボンボンの瞳を輝かせた。小柄な体をまるごと覆う波のようなたっぷりとしたベビーピンクの髪が、前のめりになった彼女の身体を追うようにゆうらりと揺れる。
二人の衣装はまるきり同じ。身体の輪郭をなぞる白い祭服に、白いローブ。違っているのはヴェールの使い方だ。シャルルリエルは鼻から下を白いレースのヴェールで覆っており、愛らしさの中に神秘的な清廉さを醸し出していた。ヴェールで目が見えない分、きりりと通った鼻筋と潤いのある唇が魅力的なロズアトリスとは正反対だ。
恭しく礼をしたロズアトリスと歓喜の瞳に湧くシャルルリエルを交互に見つめ、エラヴァンシーはさらに大聖女の言葉を告げる。
「そなたたちも知っての通り、豊穣と慈悲の女神の教えに基づく聖教会の首座は女。聖女より選ばれる大聖女である。数多くの聖女からまずそなたたちが選ばれたのは、事前に推挙があったからだ」
ロズアトリスはなんとなく何故自分が選ばれたのか理解していた。【聖力】の他に【導き】の力を有しており、大聖女エラヴァンシーの【予言】によってわざわざ見出されていること。それから婚約者のおかげだ。同じ条件のシャルルリエルがこの場にいるのだから、おそらくその推測は当たっている。
エラヴァンシーは何故二人が選ばれたかは語らず、大聖女の選定方法を述べた。
「大聖女は枢機卿による投票で選出される。選挙は四年後とし、四年の間、そなたたちには我から課題を与える。ただし、課題をこなすかどうかさえ、そなたたちに判断を任せることとする」
「「かしこまりました」」
二人の少女の声が重なると、大聖女は小さく頷いた。
そうして、一言。
「みなが、そなたたちのすべてを、見ているからな」
天から黄金の光差す天使の彫刻を背景に放たれる言葉の、なんと重々しきことか。この世界に光の差さないところはないのだから、天は我らの指先一つ、ため息一つさえ余すことなく見ているのだろう。――大聖女も然り。
ロズアトリスは畏敬の念を込めて改めて頭を下げた。一方シャルルリエルは手を胸に当て、堂々と言い放つ。
「皆の模範となる姿を必ずやお見せいたしますわ」
大聖女エラヴァンシーは頷いて応えるだけで、表情からは何も読み取れない。
「ではこれから試練をそなたらに授ける。一人ずつ告解室へ入るが良い」
少女二人の視線が合った。「お先にどうぞ」とロズアトリスが譲ると、シャルルリエルはにこりと笑って重厚な金色のカーテンを開き、白い大理石でできた告解室へ入っていった。その後に大聖女エラヴァンシーが続く。
告解室は通常、迷える子羊が罪を告白し、赦しを得るための個室とされているが、ここでは人に言えない悩みを相談するなど、他人に聞かれたくない話をする際にも利用されていた。中で話されている内容は声を張り上げない限り重厚なカーテンに吸収され、外部には決して漏れない。
ロズアトリスは静寂の中、姿勢を崩さずシャルルリエルが出て来るのを待った。
大聖女からの話は意外と短かったようだ。すぐにカーテンが開き、シャルルリエルが飛び出してきた。手には白い封筒を持っている。
ロズアトリスはシャルルリエルが見えなくなってから告解室に入った。
いつもの告解室には仕切りがあって聖職者と告白者が直接顔を合わせずに済むようになっている。しかし今回は仕切りが取り払われ、二脚の椅子が軽く内側を向くように置かれていた。向かって右側の椅子に大聖女エラヴァンシーが悠然と座している。
挨拶をして短い祈りを唱えたロズアトリスは、エラヴァンシーの隣に腰かけた。いつにも増して緊張する。
「――いつの間にかおっきくなったわねぇローズ。あんなにちっちゃかった貴方を見つけたときは、ちゃんと育つか心配だったのだけど」
がくり。開口一番に先ほどとは打って変わった緊張感の欠ける雰囲気でそう言われて、ロズアトリスは糸が切れたように脱力した。
「緊張して損をした気分になるではありませんか。やめてください猊下」
「やだぁ。エラおばちゃんって呼んでくれないのぉ?」
「十年も前にやめた呼び方を蒸し返さないでくださいませ」
「ローズったら、もう。孤児だった貴方を育ててくれた前伯爵夫妻も女神の御許へ旅立たれ。私がいなくなったらそうやって甘えられる人がいなくなっちゃうかもしれないんだから、甘えられるときに甘えておきなさいよ」
じゅわっと目の奥から涙が滲んで、ロズアトリスは不覚にも泣きそうになった。
「御祖父様と御祖母様に続いて、猊下も。い、いなくなっちゃうなんて、言わないでくれっ。猊下にはもっともっと長生きしてもらわないと困る!」
「まぁまぁ。泣かないのローズ」
白い紙をしわくちゃに丸めたような手がロズアトリスの頭を抱き寄せる。ロズアトリスはされるがままになって、エラヴァンシーの胸に額をつけて鼻を啜った。
「……本気で涙を流してくれるのはローズとアドリアンくらいだわ」
「そんなことはない。私たち聖職者も、たくさんの民たちも、みな大聖女様の御身を心配しているに決まっている」
「そうだと嬉しいのだけれど。さ、涙は止まったかしら?」
ロズアトリスが頷くと、エラヴァンシーの身体が離れた。温もりが遠ざかったことが惜しくて動揺した心を抑え、ロズアトリスはエラヴァンシーが本当に話したいことを話し始めるのを待った。
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