第13話 取引

「……わたしがあなたのもとへ行けば、冬を返す……?」

「そうだ。良い提案だろう?」


 まるで、ちょっとそこのコンビニ寄って行こうか、くらいの提案をするようで。わたしはその気軽さに頷きそうになって、慌てて頭を切り替えた。


「それは……」

「『良い提案』? ふざけるなよ、宵月」


 ガンッと宵月の頭上に叩きつけられたのは、青様の剣。でも剣が割ったのは地面で、宵月は既に横に逃げていた。

 わき上がる土煙を眺め、宵月がくすくすと嗤う。


「ふざけてなどいない。至極真っ当な提案をしたつもりだが?」

「ふざけていないのなら、頭が沸いている。冬を奪ったお前が、それを返せば済む話だ。何故そこに、彼女の身を代償にしろと言う?」

「……兄上こそ。『花乙女はなおとめ』の話を知らぬわけではありますまい?」

「……!」


 戦いは膠着こうちゃくしている。その中心にある宵月の言葉に、青様は固まった。


「はなおとめ……?」


 知らない言葉だ。首を傾げるわたしに、朝花ちゃんが応じてくれる。


「『花乙女』は、古来より伝わる存在です。桜守の一族に時折生まれ、強く果てない力を持つ存在。そして……」

「桜の力を最大限に活かせる。使い方によっては、神すらも凌駕すると伝わっています。更に、彼女の心を得ることが出来れば、願いを叶えられるという噂も」

「その花乙女が、お前なのだよ。桜塚の娘、心護」

「……………………は?」


 待って、頭が混乱している。話の内容が、わたしの頭に入って来ない。変な声しか出ないのは、理解を拒否しているからかも知れないけれど。


「はな、おとめ? そんなの、知らない。聞いたこともない」

「当然だ。これは、神々の世界の秘匿ひとく。人の世に流布することのない秘め事だからな」


 考えてもみろ。宵月はわたしと視線を合わせ、にやりと嗤う。


「桜守には特殊な力がある。しかし、ならば何故兄上に嫁を差し出さない? 千年以上血脈を繋いできた彼らに、娘がいないはずもない。なのに何故、今ではなく千年後のお前を嫁として定めたのか?」


 当然理由があるんだ、と宵月は続ける。


「その理由が、お前の正体だよ。花乙女っていう、稀有な存在が千年後に生まれるようにはかったからだ。……オレが千年前に封じられ、目覚めるとわかっていたからな」

「……千年間、あなたは呪い続けたと聞いたけど」


 千年前から呪桜の主が呪い続けたから、現代の日本から冬が失われた。それにより、桜の守る力が弱まっていると。わたしが「そうですよね」と青様を見れば、彼も頷く。けれど、その表情は苦い。


「封印は、完全ではなかったんだ」

「当然。封じられていても、神の我が身を完全に止めることなど、人の力では不可能。だから、お前を待っていたんだよ。人の身でありながら、オレを封じられる力を持つ花乙女をな」

「……っ。よく喋るけど、良いの? わたしが知らない方が、あなたにとって有利でしょう」

「知ってなお、お前はオレに下ると思っているからな」


 少なくとも、わたしが宵月に下る理由は見受けられないように思える。どうして宵月がそんなに余裕でいられるのかわからないが、油断しない方が良さそうだ。

 わたしは大きく息をして、気持ちを落ち着かせた。そして、宵月に向かってはっきりと告げる。


「冬を取り戻したい気持ちは本物だけれど、あなたのもとへ行くことが最善だとは思えない。だから、行きません」

「……あくまで、オレの敵となるつもりか」


 面白い。クッと笑った宵月は、わたしの肩を掴んで自分に引き寄せた。


「!?」

「――……」

「なっ……」

「心護から手を離せ馬鹿野郎!」


 ほんの一瞬、宵月の唇がわたしの耳の傍で動いた。そのコンマ数秒後、人を殺せそうな眼光の青様が宵月をわたしから引き離す。宵月は青様が自分に触れた瞬間に地面を蹴り、身を躱した。そのまま、屋敷の外へと向かってしまう。

 後少しのところで宵月を捕まえ損ね、青様は眉間にしわを寄せる。それから、すとんとその場で腰が抜けてしまったわたしに振り向いた。


「――っ。怪我はないか?」

「は、はい」

「心護様ッ」

「あ、朝花ちゃん……」


 ぎゅっと抱き締めてくれた朝花ちゃんの体温にほっとして、抱き締め返す。

 そんなわたしたちを見て、青様は小さく「朝花、任せる」と言い置いた。


「夜鳥、来い」

「はい」


 逃げた宵月を追い、青様と夜鳥くんが走って行く。その背中を見送り、わたしはほっと息をついた。

 朝花ちゃんがぎゅっとしてくれるから、じわじわと安堵が広がっていく。と同時に、宵月がわたしの耳に残した言葉が気になって怖くなる。先に気付いたのは、わたしではなく朝花ちゃんだった。


「心護様……体が、震えておられます。顔色もあまり、よろしくないですよ」

「あ、うん……そう、かも」

「青様たちは大丈夫です。……こんな時ですが、少し休みましょう。干菓子を持って来ますから、わたくしの部屋に」

「そう、だね。お願いしても良い?」

「勿論です」


 こちらへ。そう言ってわたしの手を引いてくれる朝花ちゃんの背中を眺めながら、わたしは宵月の言葉の意味を考えていた。


 ――きみは、オレのもとへ来るよ。必ず。

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