第12話 宵月の提案

 その力の波動がぶつかった時、音はなかった。けれど瞬間的な衝撃が呪桜の主を襲い、吹っ飛ばされたのをぶつかる音がしてから気付く。


「……青様?」

「……」


 土煙の中、ナイフのような鋭く激しい気配がある。目を凝らす必要がない程、人影は鋭利な存在解を放っていた。

 わたしの呟きは風に溶けて、彼には届かない。だけど、青様はその深い紺色の瞳を私たちへと向けた。

 普段、青様の瞳は桜を思わせる淡い桜色をしている。短く切り揃えられた髪の色も黒い。だけど今、青様の瞳は深い紺色で、神も銀色に変化していた。


「見た目が……」

「はい。青様は、強い力を使う時に髪や目の色が変化するんです」


 朝花ちゃんの言う通り、あの人は青様に違いない。だけどあまりにも印象が違って、驚いてしまう。

 青様はわたしたちの方を向き、わずかに目を細めた。そして何か言おうとした瞬間、前方から飛び掛かって来た敵を剣で迎え撃つ。


「吹っ飛ばしてくれるじゃねえか、兄上?」

「お前が屋敷を狙わなければよかった、ただそれだけだ」

「……その澄ました顔、気に入らねぇな」


 青様に飛び掛かったのは、先程吹き飛ばされた呪桜の主。明確な殺意を向けられてもなお淡々とした青様に業を煮やし、乱暴に刃を突き立てようとする。


「――言ったはずだ、屋敷にいる者たちには手を出すなと」


 しかし、青様は左手に持ち替えていた剣でそれをいなす。そして弟である呪桜の主を弾き、姿勢を低くした。


「聞こえなかったのか、宵月よいつき?」

「お前に名を呼ばれると、寒気がする」

「俺もだ。気が合うな」

「……」


 キンッという金属音が響き、それが幾重にも重なる。わたしたちの目の前で、目のも留まらない速さで繰り返される剣技。知識はないけれど、二人の腕前が常軌を逸していることだけはわかった。

 その隙に、だろうか。何処からともなく夜鳥くんがわたしたちの傍にやって来た。


「心護様、朝花」

「夜鳥くん……」

「兄上っ」

「ここは危ない。あいつは、心護様の命を狙っている。だからおれと一緒に来……」

「――やすやすと逃がすかよ」

「ッ!」


 夜鳥くんの足を止まらせたのは、呪桜の主とは違う声。乱暴な拳が夜鳥くんを殴りつけ、しりもちをつかせた。


「ヒヒッ! 弱ぇな」

蛇鬼だき、貴様ッ」


 飛び起きた夜鳥くんはわたしたちの前に立つと、蛇鬼と呼んだ青年を睨み据えた。


「どけ。お前の相手をしている暇はない」

「オイラにはある。そこのねえちゃんを、殺すっていう目的がね」

「わたし……?」


 さっき、夜鳥くんも言っていた。青様たちの敵が、わたしを狙っているとはどういうことなのか。

 睨み合う夜鳥くんと蛇鬼。朝比奈ちゃんを抱き締めたまま青様の方はどうなっているかと見れば、ただの剣技ではなく力の波動を乗せた剣撃を双方が放つ戦い方をしていた。こちらを助けてと呼ぶことは困難だろう。


「ねえちゃん、余所見なんて余裕だねぇ」

「えっ」


 気配を感じなかった。耳元で蛇鬼に囁かれ、悪寒を感じて顔を上げる。すると嗜虐しぎゃく的な笑みを浮かべた男がすぐ目の前にいた。

 至近距離。逃げられないと思わず目を瞑ったその時のこと。


「心護様に触れるな!」


 金切り声がこだました。驚いて目を開けると、蛇鬼が吹っ飛ばされていた。誰が一体やったのかと思えば、わたしにしがみつく朝花ちゃんの全身が金色に光り輝いていた。


「朝花、ちゃん……」

「……心護様。わたくしは、戦う力を持ちません。代わりに、守る力をこの身に宿しているんです」


 だから、と瞳を金色に輝かせた朝花ちゃんは微笑む。必ず、あなた様を守ってみせます、と。彼女の背中にぼんやりと見えるのは、鳥の羽だろうか。

 思わずじぃんとしたわたしだけど、夜鳥くんはそうではないみたい。大きなため息をつき、朝花ちゃんを睨んだ。


「朝花……」

「夜鳥兄上、文句は受け付けません。兄上だって、姿を主に晒しているじゃないですか!」

「それは……必要だからだな」

「同じことですっ」


 戦いの最中にもかかわらず、夜鳥くんと朝花ちゃんは口喧嘩を勃発させた。それでも近寄ろうとする蛇鬼を二人がかりで止めているのだから、仲が良いのか悪いのかわからない。おそらく、良いんだろうと思うけれど。


「――チッ。手強いなぁ」

「それは、あなたたちがしつこいからです! いい加減、この国から冬を奪おうなどと考えるのは止めて下さい!」

「それは駄目だ」


 息巻く朝花ちゃんに、青様と交戦中の呪桜の主―宵月―が応じた。その殺意を宿す瞳がわたしを射抜き、恐ろしさを助長する。


「未来のこの国から、冬を奪った。でも兄上がこの娘を連れて来たってことは、まだ諦めてないってことだよな?」

「諦めるわけがないだろう。冬を失い、俺の眷属が悲しんでいる。あの美しい花を見たいと願うのは、俺だけではない」

「負けない代わりに勝ったことも互いにないのに、随分と低く見られたもんだな。……そうだ、良い考えがある」

「……は?」


 青様の反撃を躱し受け止め弾きながら、宵月はわたしを見て嗤った。


「あんたがオレのもとに来れば、冬を返してやるよ」


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