第41話 アッー!な先輩と料理対決⑥

 というわけでいざ実食。


 俺と玉森さんはスプーンを手に取り、まずは二人そろってサクサクのパイ生地を崩す。

 するとその中からほどよく具材の溶け込んだおいしそうなシチューが芳醇なクリームの香りとともに顔をのぞかせた。


「おお……生地で閉じ込められていた分、香りがブワッと広がってきた」

「これもパイ包みの効果ですね。他にも香りだけじゃなく旨みも閉じ込め、さらには具材の水分をパイ生地が吸収するため、シチューが水っぽくなるのを防ぐ効果もあるそうですよ」

「へ~。さて、それじゃあ味は……うん、うまい! これこれ!」


 一口食べてすぐに頬が緩む。これぞ母さんのシチューの味だ。

 先ほどのジローさんの鮮烈なおいしさとは違う、家庭的でホッとする味。


「しかもいつもと違ってパイ生地のサクサク感が楽しめるのもいい! シチューのドロッとした感じと絶妙にマッチしてる!」

「ふふっ、そうでしょう? たっくん、昔からタルトとかパイ生地系好きだもんね。たっくんの好みはママが一番よく分かってるんだから」

「うん、これ以上ないってくらい俺好みだよ。でもってこのちょっと溶けかかってトロッとしたジャガイモも最高……」

「いやぁ本当においしいですね……これはもうまさしく完全に白ワインです。あ、でも私最近気づいたんですけど、クリーム系の食事に日本酒は合わないって思われがちですけど意外に合うんですよね。例えばにごり酒とか、クリーミーさが調和して結構イケるんですよ」


【コメント】

 :くっ……こいつら、なんてうまそうなコメントしやがる!

 :やべぇ、ガチでお腹減ってきた

 :飯テロすぎる。。

 :じゅるり・・・

 :パイ生地っていいよね

 :あー俺も食いてぇええええええ!!!!!!

 :頼むから今度イベントやるとき露店で出してくれ!

 :それはそうとさっきからハルちゃんお酒のハナシしかしてなくない?


「くっ……やるなママミ君。これは素直においしそうだ」

「あらあら、だから言ったじゃないですか次郎先輩? 勝負はまだ終わっていませんよって」

「え~それじゃあそろそろ判定に参りましょうか。ではベイビさん、準備はよろしいですか? 私が合図したら勝者の札を上げてくださいね」

「……わかりました」


 う~む、困ったぞ。これは悩ましい。

 果たしてどうしたものか……。


「それではベイビさん……判定をどうぞ!」

「…………」


 むむむ……やばい迷う、マジでどうしよう……。

 ……ええい仕方ない! もうこうなったらいっそ――。


 バッ!


「こ、これは……!」

「たっくん……!」




 勝者:【花咲ママミ】【白鷺次郎】




「えっと……これは両者ともに勝利、つまり引き分け……という意味と理解してよろしいんでしょうかベイビさん?」

「はい! どっちも甲乙つけがたいほど本当においしかったです! とてもじゃないけど片方に負けをつけるなんてできません!」


 そう、これこそ悩んだ末に俺が出した結論。

 それはどちらの札を上げること……まさに玉森さんが言ったとおり引き分けだった。


「なるほど……まあ正直私も同じく両方食べた身としては納得です。お二人はどうですか、この結果については? さすがに引き分けとなると勝者のご褒美は手に入りませんが……」

「そうですね。まあお互い全力を出した結果ですし、今回は痛み分けってことで僕は異論ないです」

「ええ、私も次郎さんと同じ意見です」

「そうですか。まあ当人たちも納得しているならこれはこれでオッケーということで。ちなみに視聴者の皆さんは……」


【コメント】

 :88888888

 :ナイスファイト!

 :まあガチで見た感じどっちもウマそうだったからな

 :名勝負でした

 :これには視聴者もにっこり

 :決着は次回でつけよう!


「次回、か……たしかにそれもいいかもね。次は他のライバーも呼んでみんなでトーナメントかしてもおもしろいかもしれないね」

「おお! たしかにそれはおもしろそうですね! 私も次はお酒を持参してきます!」

「うふふ。酔って会社のヒミツとか暴露しちゃダメよ、ハルちゃん」


 ……ホッ。

 よかった、正直配信的に勝者なしはどうかと思ったけどみんなすんなり受け入れてくれて。こういうところはVランドという事務所もリスナーさんもあったかいよな。

 と、そうして俺がひっそり安堵していると――。


「ま、なにはともあれみんなお疲れさま。そしてなによりベイビ君、今日は急なコラボに付き合ってくれてありがとう。まあ今回は思いがけずこんな流れになっちゃったけど、なんだかんだベイビ君とはこれからも仲良くしていきたいし事務所の先輩として応援もしてるよ」

「ジローさん……」

「そういうわけだからこの先もVとしての活動とか困ったことがあったら気軽に相談においでよ。僕はいつでも大歓迎だし、自分が後輩だからとかは全然遠慮しなくていいからさ。もちろんベイビ君の場合は同じ屋根の下に見本となる先輩がいるから大丈夫だろうけど、活動以外でも男同士だからこその悩みとかもあるだろうしね」


【コメント】

 :次郎さん・・

 :まあいくら家にまーたんがいるとはいえね

 :思春期の男子なんて母親に相談できない悩みばっかだしな

 :これはカッコイイ先輩

 :うーんさっきまでの空気が嘘のようだ・・

 :さすがVランド男性陣における頼れるアニキポジ


 アニキポジ……か。

 もともと一人っ子で兄弟のいない俺にとってはなんだか不思議な気分だ。

 でも、たしかに実際そんな感じがする。ジローさんを見ていると何となく年上だからとかじゃなくそういう雰囲気がある。安心感というか、包容力というか。

 それもこれもやっぱ2期生としていろんな経験を積んできたからなのかな?

 まあなんにせよ、事務所内にこうして頼りがいのある人がいるってのは幸せなことだよな。コメントの言うとおりすぐそばにVTuberの先輩としては家に母さんもいるけれど、母親だからこそ相談しにくいこともないわけじゃないし。

 なにより非常に残念なことに、俺の出会った範囲で現在のVランドという事務所内に俺が素直に悩みを相談できそうなマトモな大人がほぼ皆無だし……。

 うん、こういう人は貴重な人間関係は大事にしていかないと。


「……ありがとうございます。そう言っていただけると俺としてもすごく心強いです。これからもぜひよろしくお願いします」

「うん、こちらこそ改めてよろしく」


 そうして俺とジローさんはお互い向かい合うと、ガッチリと握手を交わしたのだった。

 めでたしめでたし――。



「よし、じゃあ早速だけどこの後とかどうだい? あいにく僕の自宅に連れ込むのはダメになっちゃったけど、すぐ近くにちょうどいいホテルがあるんだ。そこで男同士のめくるめく濃密な相談会としゃれこもうじゃないか」

「…………」


【コメント】

 :アッー!

 :アッー!

 :アッー!

 :アッー!


 ……うん、やっぱこの事務所にマトモな人なんかいない(確信)。




――――――――――――――――――――――――――

どうでもいいあとがきコーナー


以上、料理回でした。次回はたっくんの初グッズ検討回です。

なおこんな話を書いておきながら実は作者はパイ包みのシチューなんて代物を食べたことない。


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