第6話

 前に天国、後ろに案内者である槻本と、少し奇妙な構図で2人は4件目の事件の被害者である末光海斗の邸宅へと向かった。

 

「突然お訪ねしてしまい申し訳ありません」

「いえいえ、そんな」


 ザ、社交辞令という挨拶を交わしながら槻本と天国は末光の妻に連れられて応接間へと歩いた。


「御主人の御様子はいかがでしょうか」

「ええ、相変わらず、といったところです。食欲も戻ってきて、本人は早く復帰したいと言っているのですが....」



 末光夫人は応接間の扉を叩き、中からの返事を確認するとどうぞ、と2人を中に招いた。


「突然申し訳ありません。私、警視庁怪事件対策本部からきました槻本透と申します」

「槻本さん、ですか。先程お電話で伺った方ですね」


 末光は蒼樹から聞いた情報とはあまり結びつかない好意的な挨拶を返した。


「そちらの方は?」


 そして天国に目を向けた途端、聞いていた情報にかなり近い反応が返ってきた。確かに今どきオッドアイで金髪、警察の連れにしては少し派手かもしれない着物を基とした服装は奇妙に映るかもしれない。だがそこまで怪訝な顔をしなくてもよいではないか。


「ああ、こちらは天国璃絇さんです。今回の事件の協力者でありまして、本日の聞き取りにも同行していただきました」

「お初にお目にかかります。只今ご紹介にあずかりました、天国です。」

「どうも......よろしく」


 他人に対してあまり良くない印象を抱くのは勝手だ。ただそれを外側に出すのはあまりよろしくないのではないだろうが。社会人初心である槻本が職業柄学んだことだ。


「あ....それで、他の者が既にお聞きしたかもしれませんが、事件当日の事をもう一度お話ししていただくことは可能ですか?末光先生の生の言葉でないと伝わらない臨場感、という物もありますので....」


 とにかく褒めちぎれ、と蒼樹から電話で聞いたことを槻本は全力で実践した。臨場感とは何だろう、と思ったが考えることを止めた。


「そう言う事でしたら喜んでお話いたしましょう。さあさあお二方ともおかけください」


 単純な人間でよかった、と思いながら槻本は失礼します、と軽く頭を下げ、しっかりと沈むソファに腰かけた。隣を見ると天国もこのソファはよく沈むね、という顔をしながら腰かけていた。


「あの事件が起きたは5日前、私がいつものように自転車で登院しようと......ああ、私は世界各国で発生している環境問題、とくに二酸化炭素の排出制限についてのさらなる法律を制定いたしたいと考えておりまして、常日頃から自転車で行動するようにしているのです」

「成程、まずは自分が、というお考えですね」


 それはどの資料にも書いてあったよ、と言う言葉を飲み込み、槻本は適当なお世辞を口にした。


「朝が早い、という訳ではありませんでしたが、警護の方も近くに同伴させて....あ、勿論徒歩ですよ? 大通りに続く小道に差し掛かったのです」


 一応メモを取っておこうと手帳を開く際、ちらりと横と見ると天国は何かを考えているようだった。


「その時でした。突然私の体のこのあたり....腕のあたりから血が噴き出したのです。何か鋭利な刃物で斬ったような、鋭い痛みが走りました」


 傷口自体は包帯が巻かれているため直接見ることはできないが、かなり長く斬られたようだった。


「それほど、大きいとかなり危ない状況ではなかったのですか?」

「そうなんですよ。それに、自転車から落下した際に頭も打ってしまって....幸い通行人の方と警護の方が救急車を呼んでくださって一命をとりとめたのですが」

「そうですか。大事に至らずに本当に良かったです」


 やはり資料で聞いた限りと変わらない。記憶劣化による多少の脚色はあるものの、概ね事実だ。


「その傷口は塞がりましたか? その大きさからするとかなり出血をしたと考えたのですが」


 話を聞き終わり、うんうんと頷いた天国は末光に質問をした。


「....ああ。確か....傷が浅くてそこまで出血量がなかったと聞いております。恥ずかしながら私意識を失っておりました、切られてからの事をあまり覚えていないんのです」


 明らかに怪訝そうな口ぶりだったが、質問にはしっかりと答えたようだ。天国も満足したらしく、ありがとうございます、と頭を下げた。


「あの....何度も聞かれたかと思いますが、何かこう....心当たりのようなものは..」

「勿論あります!」


 あまり聞きたくない、できれば聞かずに終わりたかった質問だが、天国にも聞いてもらうべきだろう。


「私はこういう現政権に対していわば不都合なことを主張しています。私の父である末光永吉は第三次世界大戦時に政権運営を担ておりました偉大なお方です。現在世界では、日本も含めて戦場なった地域の急速な復興が進んでおります。しかし、それに比例するように環境問題が深刻になっています。日本がもっと早く武器を供与してれば、もっと早くに己の立場を決めていれば、これほどまでに被害が広がることはなかったのです!勿論現政権も環境問題に対してようやく重い腰を上げました。しかしその発端となった過去の過ちについては全く触れようとしない! 私は現政権に己の過ちを認めさせ、その尻拭いをさせるべく、新たな法案を制定させなければならないのです!」


 結局何を言っているのか分からない。最初の数文字で聞くことを諦めた槻本がちらりと目をやると、同じくまいったね、という顔をした天国と目が合った。

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