14.記憶の欠片 -唯香-
二学期が始まって二週間。
まだたったの二週間なのに、
アイツが学院に居るって言うだけで
教師なのに、通勤が嫌になってる。
アイツは、あの日
私にしたことなんて
つゆともしらないとばかりに
学院内で、
ありもしない噂を流していく。
『君たちの唯ちゃんと俺は
付き合ってたんだよ。
俺、振られちゃってさ。
でも今も片想い続行中。
この学校に居る間に、
もう一度振り向かせるから』
なんて生徒の前で宣言するもんだから、
学校に行くたびに、
気になる生徒たちからは、
その話題ばかり質問される。
んっ、もう。
むしゃくしゃする。
穏やかに過ごしてた私の生活、
どうしてくれるのよ。
それでも朝は来るわけで、
仕事を休むわけにはいかない私は、
気が乗らないまま準備をして
自宅マンションを出た。
こんな時に……
雪貴が近くに居てくれたら。
そう思う時もあるけど、
雪貴は私のことには敏感すぎて、
こんな状態で、電話しようものなら
すぐにでも帰国しかねない。
今でも一日何通も
送られてくるメールは
私を気遣うメールばかり。
霧生くん、
いったいどんな連絡してるのよ。
そう思わずにいられない
心配メールの数々。
ねぇ、雪貴。
私を心配してくれるのは嬉しいけど、
私は雪貴が向こうで
どんな生活をしてるかが
知りたいんだけどな。
なんて思いながら、
いつも携帯を閉じるのよ。
雪貴は居ないのに、
出すことのない本音を
心の中で呟いた。
「おはよう、唯香」
慣れ慣れしい口調で、
突然現れたアイツ。
アイツは私の隣に肩を並べて
近づいていく。
「おはようございます。
急いでるんで、失礼します」
関わりたくない一身で、
早歩きする私をアイツは
背後から意味深な言葉で呼び止めた。
「何?
唯香、今は一人暮らしなんだ。
君の教え子のマンションで、
暮らしてないの?」
背後から突き刺された言葉に、
私は何も言えぬまま立ち止まった。
「確か、唯香の生徒なんだよね。
この子って、
Ansyalのギターリストだっけ?」
そう言いながらアイツが
私の前に突き出した携帯画面には、
雪貴が退院して間もない頃の、
買い物写真。
「何?
こ……こんな写真見せて、
今更、私の前に現れて何しようって言うの?」
「別に……。
ただ壊したいだけだよ。
あの頃みたいに、唯香をさ」
そう告げたアイツの言葉に、
私の時間は一気に過去に引き戻された。
震えだした体は、
自分の思い通りには動いてくれない。
まともに息がすえない私は、
ただその場に
うずくまることしか出来なくて。
親しげに介抱しようと
手を差し伸べてくるアイツの腕を
声にならない声で拒絶するだけで。
硬直した体が
ほんの少し解放された瞬間、
私は力を振り絞って、
アイツの傍からかけ離れて、
家へと駆け戻った。
そのまま体調不良を理由に
学校に欠勤する旨を伝えて
玄関の鍵をしっかりと閉じる。
何もかもアイツにばれてる。
私の家も、
雪貴との関係も、
雪貴と過ごしてたマンションさえ。
弱りだした心を支えるために、
時折、雪貴のマンションを訪ねることすら
もう選択できない。
私とアイツの問題に、
雪貴を巻き込むなんて出来ない。
アイツの声を聞いたとたんに、
久しぶりにフラッシュバックしてきたのは、
初めて告白した日、
返事と同時に突然、
体の関係を求めてきた獣のアイツ。
確かに……アイツに一瞬でも憧れて
恋をしたと感じた私も、
今だからこそバカだと思うけど、
その時の私の純粋な気持ちを
一瞬のうちに壊したアイツ。
嫌がる私の洋服をナイフで引き裂いて、
体育館の準備室で、
獣になったアイツ。
痛みと気持ち悪さだけが残った
それは、私を人生の絶望へと
突き落とした。
そんな苦しみと恐怖から、
助けてくれた、隆雪さんと雪貴。
もう大丈夫だと思ってたのに……。
震え続ける体を
どうすることも出来ず、
一人、隆雪さんのCDに縋るように
エンドレスで流しながら
布団の中、体を抱きしめる。
忘れていたつもりの
記憶の欠片は、
少しずつ、
昔の姿を取り戻していく。
その度に、今の私が
少しずつ消えていくようだった。
その夜、学校の後
マンションを訪ねてきたアイツは
写真を見せつけて、
脅すと、怯える私を押し倒すように
家の中へと入ってくる。
そのまま、
アイツによる悪夢が訪れる。
拒絶することが許されない
関係は、
私を何処までも
深く突き落としていった。
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