22.ETERNITY ~I love you forever~ -雪貴-



俺は何をしてるんだろう?








兄貴を失って、

唯ちゃんを手放して

暗闇の中、

迷子になってしまった。





いやっ。



違う迷子になってた現実を

ようやく受け止めた。




受け止めたら、

全てが始まってなかった。





今まで苦しんだふりをして

周囲を振り回し続けてた。




その事実を受け止めた時、

俺自身の存在の全てが

許せなくなった。







俺は何をしてる?





遠い昔。



兄貴が光の世界を

教えてくれた

あの日より前の時間みたいに

どんよりと真っ黒い影が

俺の中に居座り続ける。







食事を受け付けることが

出来なくなった体。



固形物はおろか、

水分すらも受け付けない。



眠ることを拒絶した体。




どれだけ疲れていても、

眠ることも出来ず、

何かを口に含むことすらも

億劫で一人暮らしのマンションで

倒れていたところを

託実さん見つけられた。



見つけられた俺は、

やっぱり身近な人に助けられて

病院に運ばれて。




運ばれた先の

兄貴が入院してた病院で

処置をほどこされた。


少しでも回復した体は、

俺にとっては

持て余すだけで、

苦痛以外は与えない。





意識を覚醒させることが

ただ許せなくて

全てを拒絶して、

かたくなに

世界に閉じこもり続ける。







今も現実は受け入れがたくて。







兄貴が死んで、

唯ちゃんと離れて

どれくらいの時間が

過ぎたのかすらも

実感がない。








唯ちゃんが俺に

笑いかけてくれた時間は

今でも昨日のように鮮明なのに、

今、どう伸ばしてもその腕は、

何処にもない。






その事実だけが、

今以上に俺を孤独にさせて

俺から感覚を麻痺させていく。






あれほどまでに、

弾きこなしていた音楽は

何時しか音も色も失った。







音を心として

捕えることすら出来なくなった

俺に、これ以上の逃げ場所なんて

何処にもない。





だけど覚醒するたびに、

落ち着く体を

持て余すだけ持て余してる。






そうやって今日も、

持て余した体を受け止めることが

出来なくて、無意識に

病院を抜け出していた。





雪がチラチラと舞い落ちる

冬の街をただ一つの場所を

目指して歩いていく。





その場所は山深く

雪深く……とても寒い。



ひんやりとした空気。



突き刺すような風が

印象的に残る渓谷。



死神の囁きが

聞こえる場所。





脳裏に甦るのは

下から吹き上げる風がもたらす

死神の囁き。






兄貴が好きな場所。




そして俺が最初に

唯ちゃんと出会った場所。





唯ちゃんは……

その死神の声を聴いて

その身を闇の中に投じようとしてた。





あの日と同じ場所に立って

初めてわかる気持ち。







その囁きはとても優しくて、

何処までも心に

寄り添ってくれそうな

そんな錯覚にすら陥ってしまう。





何かに誘われるように

その場所へ、

ただ歩みをすすめていた。








その雪の谷に

この身を埋めてしまえば

俺はこの苦しみから解放される?







唯ちゃんも……

あの時、

同じように思ったのかな。







迷い子のままに、

彷徨い続けた世界は

明ける兆しすらない。









息が上がり、

心臓が飛び跳ねる。





時折、薄れていく意識は

更に死神の囁きを捕えていく。






足をもつらせて

顔を埋めたまま、

俺は意識を手放していった。














「雪貴っ!!いやぁー」









聞き慣れた声?








どうして……。




何故、

泣いてるの?

 







君は兄貴の元に

帰っていったはずだろ。












そう。



唯ちゃんはあの日、

兄貴のところに帰った。







帰ったはずなんだ。






なのにどうして、

その声は、

こんなに温かく俺の中に

入り込んでくるんだろうか?









「雪貴君、戻っておいで」








重なる声は

とても穏やかで

優しくて……。










ふと何か、

暖かいものが俺に

ポタリ……と触れた。







触れた気がして

ゆっくりと目を開いた。










「雪貴っ!!」





真っ赤に泣きはらして

涙でくじしゃぐしゃに濡れた

顔をした唯ちゃんは、

俺の名前を呼んで、

覆いかぶさるように

抱きついてくる。







唯ちゃんの

体温が触れる

その場所だけが

やけに暖かくて。









「おいっ。


 お前、こんなところで何してる?

 ちゃんと見ろよ」








えっ?

唯ちゃん?









戸惑う俺に、

何度も口調を変えないで

告げていく言葉。







俺の中に、

あの日の最初の出会いの記憶が

湧き上がってくる。






脳内に映るのは、

真っ暗な闇。





星空が

天(そら)いっぱいに広がった

美しい夜。





その夜、

命を閉ざそうとしていた

女の人。





それが唯ちゃん。





この美しい星空を

感じることすらも

出来ないのだと

そう思った。







スタジオに来る予定の時間、

秋には現れなくて、

心配性の託実さん頼まれて

兄貴を探してた。


この場所が

兄貴が好きな場所だったから。


兄貴を探して駆けつけたこの場所で

俺は、唯ちゃんを見つけた。




唯ちゃんを見つけた俺は、

彼女に声をかけたものの

彼女は俺に

反応なんか示してくれなくて

大人を呼びにいかないと……。



俺一人じゃどうにも

出来ないと思って

その場所から駈け出した。



その途中、

背後で兄貴の声を聞いた。




携帯の届かない山奥。



ひたすら村がある、

山の麓まで走り続けて

消防団に助けをお願いした。




消防団と一緒に

もう一度、兄貴と唯ちゃんの居る山に

戻りたかったのに、

ガキだったら俺は戻れなかった。







『深夜だから君をこれ以上、

 捜索に加わらせるわけにはいかない。


 後は、おじさんたちがするから』






後は……二人が帰ってくるのを

待ち続けるだけの時間。





唯ちゃんを連れて、

俺の前に姿を見せた兄貴は、

俺の頭を優しく撫でて、

呼び寄せたタクシーに乗せた。






先に戻った自宅。



兄貴が帰ってきたのは、

二日後だったけど、

その日を境にまた、

兄貴は笑ってくれるようになった。






兄貴は……

唯ちゃんに救われて、

生まれ変わったんだって思った。






そして……

唯ちゃんもまた、

兄貴に出会って生まれ変わった。






忘れていた

俺の光の記憶は、

唯ちゃんに繋がってた。






唯ちゃんから、

今日まで続いてた。





ちゃんと始まってたんだ。












首筋に触れる

指先が俺のところから、

ゆっくりと離れていく。







「唯香ちゃん、大丈夫。


 雪貴くん、

 落ち着いてきたよ」





ゆっくりと重い瞼を

開いたその先には

俺が良く知った二人が

微笑んだ。




「心配させないでよ。

 もう置いてかないでよ」




唯ちゃんの瞳から、

温かい涙が

ポタポタと零れ落ちては

俺の頬を濡らしていく。




「唯ちゃん、一度、戻るよ。

 積もる話は後。


 雪貴君の治療が優先」



唯ちゃんの主治医は、

そう言うと、

優しく微笑んで慣れた手つきで、

俺を抱え上げた。




隣に唯ちゃんがいる。





それだけで、

こんなにも

心は軽くなるんだ。





何度も

わかっていたような

気持ちになってた

その優しさの大きさに

その温もりに、

改めて気づかされた

優しい時間。





病室に戻され、

着替えを手早く済まされた俺は

真っ青な表情をしたまま、

病室に駆け込んできた

兄貴の主治医、悠久先生の

無言の抗議と優しさの元に

早々に点滴を繋げられて

ベッドの住人へと立ち戻った。





病室の扉が

ゆっくりと開かれて、

ずっと逢いたかった唯ちゃんが

ゆっくりと病室内に入ってくる。







「唯ちゃん……」







トボトボと俺の眠る

ベッドの傍に歩み寄ってきた

唯ちゃんは唇を噛みしめながら

ベッドサイドの

丸椅子に腰かけた。





「唯ちゃん?」


「こらっ、何してるのっ。

 ずっと心配したでしょう。


 逢いたかったんだから」




泣きながら無理に

笑って俺に微笑みかける表情と

唯ちゃんの声が、

俺の頭上にやわらかに降り注ぐ。




「ごめん」







小さく呟いた声に、唯ちゃんは、

ギューっと抱きついてきた。









病室のドアが静かに開いて、

足音が遠ざかっていく。






二人の医師が、

静かに席を

外してくれた瞬間だった。







眠る俺のベッドに

唯ちゃんが点滴に

あたらないように

気をつけながら入り込んでくる。







「唯ちゃん?」







狭いベッド。



唯ちゃんの体が密着して

俺の方へと体温が

リアルに伝わってくる。



唯ちゃんからの柔らかい、

口づけが羽となって

俺の方に降り注ぐ。






柔らかく、

とろけてしまいそうな、

痺れた感覚が

緩やかに広がっていった。





捕まえた。







もう俺は

君を離さない。






翌朝、ベッドの中で

眠りについていた

唯ちゃんが穏やかな表情を

浮かべて俺の腕枕の中で

目を覚ます。






「唯ちゃん」





俺にもう一度触れた、

唯ちゃんは、

にっこりと微笑んで体を起こし、

乱れた服を整えると

手さぐりで引き寄せた鞄の中から

小さな白い紙を取り出す。




そして俺の前へと

ゆっくりと置く。





「これは?」


「どうしても雪貴に

 読んでほしかったの」





唯ちゃんが『雪貴』と

俺の名を紡ぐだけで

心に光が広がっていく。




恐る恐る広げたその手紙は

懐かしい兄貴の筆跡で

あの日の出来事が綴られていた。










あの日、君を

見つけたのは俺じゃない。




俺を探しに来た

俺の弟。




だけど君を助けたのは、

紛れもなく俺だよ。



君を助けることによって

俺自身も救われた。




あの日……

君に出逢わなければ、

俺は俺自身の命を

終わらせていた。



もう長く生きられない。



そう告げられた体を

君に出逢うまでは、

確実に

葬り去ろうとしていた。



だけど雪貴が君を見つけて

必死に叫ぶ声が

俺にそれを思いとどまらせた。




俺が君の元に駆け寄った時は、

すでに弟の姿はなくて、

俺は君に話しかけたんだ。




『おいっ。

 お前、何してんだ。


 こんなところで泣いてさ。


 ここから落ちる気かよ。

 なんだよ、泣くなよ。


 泣いてちゃわかんねぇだろ。


 何があったか知んないけど

 落ち着くまで今だけ居てやるよ』



偉そうに言ったよな。



だけど実際に

救われたのは俺だった。




ありがとな。




残された時間。


俺は

俺にしかできないことを

精一杯続ける。



だから君も

俺たちが助けた命

粗末にすんなよ。




全ての想いを込めて

このCDを

1枚だけ残していく。




良かったら、聴いてくれ。



あの日、

生まれ変わった

俺自身を見つけてくれ。




いつか出逢う俺の弟を

支えてやって貰えると嬉しい。




俺にはアイツを

悲しませることしか

出来ないから。





この広い……

天(そら)の下で。




俺は弟と共に…………

君に再会できる日を

楽しみにしている。






ありがとう。








Ansyal

Taka(隆雪)









そんな……。



兄貴が脳腫瘍で

苦しんでたなんて。





そこに綴られていた真実は

何処までも残酷で

何処までも優しくて

何処までも

暖かかった。






あの場所は、

俺の終焉と再生を

兄貴が誘い、


唯ちゃんの

終焉と再生に

兄貴と俺が関わって


兄貴の終焉と再生に

唯ちゃんが関わって


俺の二度目の

終焉と再生に

唯ちゃんが優しさを

降らせてくれた。








三人を繋いだ

天の架け橋は、

あの日から

ずっと続いていたんだ。




姿を変え、時折、

歪ませながら最後は

辿り着く場所へと

交錯しながら歩み続けていた。








そして兄貴が思い描いた

未来予想図を辿って

俺に繋がった。









Eternity


- I Love You Forever - 








迷子の時間はその温もりの中、

ゆっくりと光に抱かれていく。






天国の兄貴からの

メッセージは、

優しく俺と唯ちゃんの元に

降り注ぐ。











穏やかな温もりの中

俺たちはお互いの体温を

何度も何度も

感じ合った。







空白の時間を

埋めるように。







その『永遠』を何時までも

かみしめたくて。









「I Love You Forever 」







俺の紡いだ言葉に

唯ちゃんは、

静かに涙を流して

笑った。








その表情は

天使にも似て

とても優しかった。









Ansyalの女神。













女神の祝福を受けた

俺の心は



何処までも広がって


何処までも優しくて


何処までも穏やかで


何処までも暖かかった。



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